二条御所への突入
二条御所の奥から、怒号が響いた。
炎の向こうで刃が激しくぶつかり合う音が、包囲する諸隊にも届く。
誰と誰が戦っているのか。
何が起きているのか。
誰にも分からなかった。
御所の外で待機していた山城衆は顔を見合わせる。
「三好が……同士討ちを始めたぞ!」
「今しかない!」
その叫びを合図に、山城衆は一斉に三好軍の背後へ襲いかかった。
それに呼応するように、佐野昌綱率いる儀仗抜刀隊も刀を抜く。
「上様をお救いする!」
佐野の一声で、抜刀隊は雪崩のように敵陣へ飛び込んだ。
もはや勝敗を考える者はいない。
義輝がまだ生きている。
その一念だけが、彼らを前へと進ませていた。
佐野は何人斬ったのか、自分でも覚えていなかった。
槍を払い、太刀を受け流し、立ちはだかる敵を次々となぎ倒す。
炎に包まれた廊下を駆け抜け、崩れ落ちる梁を飛び越え、煙の中をひたすら奥へ進んだ。
気づけば、佐野は無心だった。
ただ一人。
義輝を救いたい。
その想いだけが身体を動かしていた。
やがて最後の敵を斬り伏せ、焼け落ちかけた戸を蹴破る。
「上様!」
その叫びとともに飛び込んだ奥座敷は、まさに地獄であった。
燃え盛る炎の中で、三好衆はなお互いに刃を交えている。
怒号と悲鳴が入り乱れ、誰が敵で誰が味方かも分からぬ修羅場となっていた。
その足元には、笑みを浮かべたまま息絶えた進士晴舎が横たわっていた。
しかし、その傍らで義輝はなお微かに息をしていた。
「上様!」
佐野は駆け寄り、その身体を抱き起こす。
義輝は薄く目を開き、かすかに佐野を見つめた。
その時、焼け落ちた梁が軋み、大黒柱が大きく傾く。
「お逃げください!」
佐野は義輝を背負おうとする。
しかし義輝は、残された力を振り絞り、佐野の胸を強く押した。
「……行け。」
佐野は数歩よろめく。
義輝は静かに微笑み、弱々しく口を開いた。
「弟よ……。」
「千陽を……任せた。」
その言葉を最後に、義輝は佐野を炎の外へ突き飛ばした。
次の瞬間、轟音とともに大黒柱が崩れ落ちる。
燃え盛る天井が一気に崩壊し、義輝の姿は炎の中へ消えた。
二条御所は、そのまま業火に包まれる。
「上様ぁぁぁ!」
佐野はなおも炎へ飛び込もうとした。
だが、駆けつけた儀仗抜刀隊の精鋭たちが必死にその身体を抱き留める。
「隊長!」
「もう間に合いません!」
「御所が崩れます!」
数人がかりで佐野を引きずるように外へ連れ出した、その時だった。
御所の正門近く。
三好三人衆の筆頭である三好長逸が、炎に照らされながら立ち尽くしていた。
互いの視線が交わる。
弁明の言葉も、問いかける時間もなかった。
佐野の身体が先に動く。
抜き放たれた刀は、雷のような一閃となって三好長逸を斬り伏せた。
長逸は何が起きたのか理解する間もなく、その場へ崩れ落ちる。
その光景を目の当たりにした三好勢は、ようやく我に返った。
「長逸様が討たれた!」
「退け!」
「ここにいては全滅する!」
疑心暗鬼で同士討ちを続けていた三好軍は完全に統制を失い、蜘蛛の子を散らすように京から撤退を始めた。
燃え盛る二条御所だけが、その日の悲劇を静かに照らし続けていた。




