十日間の約束
三好三人衆は、その約束を寸分違わず守った。
御所へ攻め寄せることもなく、兵を進めることもない。
包囲は解かれないまま、それでも協議で定められた十日間は静かに流れていった。
その誠実さは敵味方を問わず都の人々を驚かせた。
義輝もまた、この十日間を無駄にはしなかった。
まず最初に守るべき者として選んだのは、最愛の妹であった。
「昌綱。」
「姫を頼む。」
義輝の言葉に、佐野は深く頭を下げる。
「必ずや、お守りいたします。」
その夜、姫は華やかな姫装束を脱ぎ、侍女の衣に身を包んだ。
髪も結い直し、顔には薄く煤を塗る。
将軍の妹とは誰も気づかぬ姿となると、佐野はわずかな護衛だけを伴って人目を避けながら信濃屋へ向かった。
店の奥では、出浦が静かに待っていた。
「ここからは拙者の役目にござる。」
出浦は一礼すると、すぐに退路の確認を始める。
急げば目立つ。
だからこそ三好が約した十日間を最大限に使う。
昼は商人や巡礼の列へ紛れ、夜は人知れぬ道を進み、護衛も宿ごとに入れ替えながら慎重に京を離れていった。
そして九日目の夕刻。
一行は何事もなく奈良へたどり着く。
迎えたのは、興福寺であった。
境内には空蝉が待ち受け、その傍らには上泉伊勢守と柳生の門弟たち、さらに筒井順慶自らが兵を率いて警固に当たっていた。
興福寺はすでに要塞さながらの警戒態勢に入り、寺衆、筒井勢、柳生勢が幾重にも警備を固めている。
姫の姿を認めると、空蝉は静かに手を合わせた。
「ご無事で何よりにございます。」
上泉も穏やかにうなずく。
「これより先、この興福寺へは何人たりとも容易には近づけませぬ。」
順慶も胸を張った。
「大和は私がお守りいたします。」
ようやく張り詰めていた緊張が解け、姫は静かに興福寺の本堂を見上げた。
「兄上も、必ず……。」
誰もがその願いを胸に抱いていた。
その頃、京では三好軍がなお約定どおり一歩も御所へ踏み込まず、静かに包囲を続けていた。
十日目――。
その日が、刻一刻と近づいていた。




