将軍の決断
御所を包囲される日々が続く中、足利義輝は重臣たちを前に静かに口を開いた。
「皆の意見を聞かせてほしい。」
広間は静まり返る。
細川藤孝は慎重に口を開き、松田頼隆は兵糧や都の情勢を踏まえて意見を述べ、一色藤長もまた将軍家を残すことを第一とすべきだと進言した。
義輝は一人ひとりの言葉に耳を傾ける。
そして最後に視線は佐野昌綱へ向けられた。
「昌綱、おぬしはどう思う。」
佐野は静かに立ち上がると、将軍をまっすぐ見据えた。
「恐れながら申し上げます。」
「将軍家が生きておられる限り、道はいくらでもございます。」
「奈良へ退かれ、順慶殿とともに再起を図るもよし。」
「あるいは坂東へお越しください。兵学館には剣を志す若者がおります。乱世が収まるまで、剣術に励まれるのもまた一つの道にございます。」
佐野は一歩進み、力強く言葉を続けた。
「どこへ向かわれようとも、我らがお供いたします。」
「将軍がお一人になることは決してございませぬ。」
その一言に、広間は静まり返った。
義輝はしばらく目を閉じ、やがて穏やかに笑みを浮かべる。
「……そうか。」
「皆がいてくれるか。」
その表情から迷いは消えていた。
「決めた。」
「二条御所を退去する。」
重臣たちは静かに頭を下げる。
義輝は続けた。
「されど、最後まで将軍としての務めは果たそう。」
その日のうちに、細川藤孝、松田頼隆、一色藤長ら側近を集め、三好方との最後の交渉に臨ませた。
義輝の申し出は二つであった。
一つは双方が拘束している者の捕虜交換。
そしてもう一つは、御所に仕える女房衆や近習、公家、使用人たちを先に安全な場所へ退去させることであった。
将軍一人のために、多くの者を巻き添えにするわけにはいかない。
その願いであった。
使者は三好本陣へ赴き、ほどなくして戻る。
返答は意外なほど早かった。
「三好三人衆、いずれも異存なしとのこと。」
「捕虜交換、ならびに御所の者の退去、すべてお受けいたします。」
さらに三好方は、退去の日取りについても義輝の意向を尊重すると伝えてきた。
協議の末、その日は十日後と定められた。
奇しくもそれは、史実において足利義輝が命を落とした日と同じ日であった。
京の町は静かなまま時を刻む。
誰もが、この交渉が戦乱を終わらせるものになると願っていた。
だが、その静けさの裏で、それぞれの思惑はなお交錯していた。




