揺れる御所
度重なる使者を前に、足利義輝は深く思い悩んでいた。
三好方が求めるものは、将軍の奈良退去。
降伏でもなく、切腹でもなく、ただ京を離れることだけである。
その条件は、あまりにも不可解であった。
御所では連日評定が開かれ、細川藤孝や松田頼隆、一色藤長ら近臣が対応を協議していた。
「ここは条件を見極めるべきではありませぬか。」
「奈良へ退くことが、将軍家を残す道となるやもしれませぬ。」
誰もが慎重であった。
ところが、その空気を切り裂くように一人が立ち上がる。
進士晴舎である。
「何を弱気なことを申される!」
「御所は天下の中心。将軍家が城を捨てるなどあってはならぬ!」
「今こそ討って出るべきにございます! 三好など恐れるに足りませぬ!」
進士は細川や松田らを差し置いて熱弁を振るい、徹底抗戦を繰り返し主張した。
その勢いは異様であった。
義輝もその言葉に耳を傾けるが、なお決断を下せずにいる。
評定を後方から見守っていた佐野昌綱は、その様子にわずかに眉をひそめた。
(……おかしい。)
細川も松田も、戦の現実を知る者ばかりだ。
だからこそ軽々しく決戦を口にはしない。
それなのに進士だけが、誰よりも激しく、誰よりも急かすように戦を望んでいる。
しかも三好方は繰り返し奈良退去だけを求めている。
普通なら、その条件を利用して時間を稼ぐことも考えるはずだ。
それを真っ向から否定し、討って出ることだけを唱える。
佐野の胸に、奈良大祭や御所襲撃の時と同じ違和感がよぎった。
(まるで……。)
(将軍を、この御所から動かしたくない者がいるかのようだ。)
その疑念はまだ確信ではない。
しかし佐野は静かに進士晴舎の横顔を見つめ、その一言一句を聞き逃すまいと心に決めるのであった。




