五月 ― 御所包囲
五月。
春雨がようやく止み、畿内の街道が乾き始めると、三好三人衆は満を持して総攻勢に移った。
各地に展開していた部隊は次々と京都へ集結し、その大軍は都の周囲をゆっくりと、しかし確実に埋め尽くしていく。
これに対し、足利方も黙ってはいなかった。
儀仗抜刀隊を率いる佐野昌綱は、吉田兼成・兼盛の吉田兄弟とともに先鋒へ立ち、敵の前衛へ幾度となく斬り込んだ。
狭い街路では抜刀隊が敵を押し返し、寺社の門前では吉田兄弟の剣が三好兵を退ける。
局地戦では足利方が幾度も勝利を収めた。
しかし、その勝利はあくまで局所的なものでしかない。
一隊を打ち破っても、すぐ後方から新たな部隊が現れる。
左右へ展開すれば、さらに別働隊が回り込み、兵力差が容赦なくのしかかった。
佐野は深追いを禁じた。
「勝つことではない。生き残ることだ。」
敵を押し返しては退き、包囲される前に離脱する。
再び敵が前進すれば、別の場所で迎え撃つ。
その機動戦を幾度も繰り返し、わずかな兵で三好軍の進軍を少しでも遅らせようとした。
だが、三好三人衆も冷静だった。
局地で敗れても追撃はせず、乱れた隊列を整えながら着実に前進する。
兵数の優位を失わぬよう慎重に戦線を縮め、都全体を包み込むように圧力を強めていった。
こうして五月も終わりを迎える頃には、三好軍はついに御所の周囲を押さえるに至る。
京の町は静まり返り、人々は固く戸を閉ざした。
御所は完全に孤立し、将軍足利義輝はついに決断を迫られる。
三好三人衆が目指してきた将軍包囲は、ついにその最終段階へと到達したのである。




