春を待つ三好
生駒山からの後退は、三好三人衆にとって明らかな失敗であった。
大和を迂回して京へ迫るはずが、山中の門徒との衝突によって足を止め、筒井順慶に正面を塞がれ、さらに真壁幹久に後背を脅かされた。
得たものはなく、残ったのは生駒の雪に刻まれた血と、門徒たちの深い怨恨だけである。
だが、この失敗は三人衆を割らなかった。
むしろ彼らの結束を、一時的ながら強固なものへと変えた。
三好長逸、三好政康、岩成友通。
それぞれ思惑も気性も異なる三人であったが、生駒山で互いの弱みを見せ合ったことで、今は争う時ではないと悟ったのである。
「次は迂回などせぬ。」
長逸が言った。
「狙うべき場所を一つに絞る。」
政康が続ける。
「大和も山崎も、すべてを同時に相手取る必要はない。」
岩成友通は地図の上の京を指した。
「春になれば、ここへ向かう。」
三人の意見は初めて明確に重なった。
その日から三好方の動きは変わった。
四国へ使者が走り、阿波、讃岐から兵が集められた。
海を渡る軍船には兵糧と武具が積み込まれ、摂津や河内の諸城にも動員の命が下る。
同時に、三好方は各地で争いを収め始めた。
小さな国人との境目争いには講和を結び、敵対する勢力とは期限を定めた停戦を取り決める。
金や土地を用い、あるいは人質を交換し、春まで背後が乱れぬよう一つずつ火種を消していった。
すべては京へ兵を集中させるためである。
生駒山での失敗から、彼らは一つの答えを得ていた。
兵を散らしてはならない。
大和を先に屈服させる必要もない。
勝龍寺城を正面から落とす必要もない。
京の外をすべて制してから進むのでは遅い。
狙うべきは、ただ一つ。
足利義輝のいる御所であった。
冬の間、畿内の表向きは静かであった。
深い雪に街道は閉ざされ、軍勢の往来も少ない。
しかし、その雪の向こうで、四国から兵が次々と海を渡っていた。
講和の文書が交わされるたび、三好の手は一つ自由になる。
停戦が結ばれるたび、京へ向けられる兵は増えていった。
勝龍寺城では、真壁幹久がその変化を感じ取っていた。
「静かすぎる。」
城壁の上から雪に覆われた山崎を見下ろし、真壁は呟いた。
生駒山から退いた三好勢は、敗走したのではない。
統率を保って退き、兵を休ませ、次の戦に備えている。
それも今度は、大和でも山崎でもない。
真壁には、敵の視線が勝龍寺城のさらに先へ向けられているように思えた。
やがて堺から少弐冬明の報せも届いた。
四国から軍船が入っている。
兵糧の買い付けが増えている。
摂津、河内の諸将が相次いで三好方と取り決めを交わしている。
報告を読んだ水戸頼家は、評定の場で静かに告げた。
「生駒で退いたことで、敵は諦めたのではありません。」
「迷いを捨てたのです。」
佐野昌綱は、その言葉を聞いて御所の方角を見た。
深雪に覆われた京は、今なお静かである。
だが春になれば、その静けさは終わる。
雪解けとともに三好の諸軍は動き出す。
大和でも、山崎でもない。
その矛先は、初めから将軍足利義輝ただ一人に定められていた。




