勝龍寺城の評定 ― 深雪の畿内 ―
永禄八年(一五六五年)正月。
その年の冬は、ことのほか厳しかった。
畿内では珍しく幾度も雪が降り積もり、山城から近江、大和にかけて白銀の世界が広がっていた。
天王山も、生駒の峰々も雪をまとい、街道は深い雪に閉ざされる。
旅人は足を止め、商人は荷を遅らせ、諸国の動きも自然と鈍くなっていた。
その雪景色を見下ろす勝龍寺城では、新年最初の評定が開かれていた。
氏治の代理として議長を務める水戸頼家が上座に座り、その左右には真壁幹久、佐野昌綱、筒井順慶、少弐冬明、陶末晴、空蝉らが並ぶ。
炭火の赤い炎だけが静かに部屋を照らしていた。
水戸は一同を見渡し、ゆっくりと口を開く。
「皆様、新年を迎えられたことを、まずは祝い申し上げます。」
一同が静かに頭を下げる。
水戸は地図の上に手を置いた。
「まず西国の情勢です。」
少弐冬明が堺から届いた文を広げる。
「織田信長は美濃を平定し、岐阜を本拠としました。その勢いのまま六角領へ攻め込みましたが、三河の一向一揆が激化し、多くの兵を東へ戻しております。」
真壁幹久が腕を組む。
「勢いを削がれたか。」
少弐は頷いた。
「はい。六角も大きく消耗しておりますが、背後には織田軍がおります。京へ援軍を送る余力はないとの返答でした。」
部屋に重い沈黙が落ちる。
頼れる勢力が、また一つ動けなくなった。
続いて筒井順慶が口を開く。
「大和では、生駒・葛城の山中へ一向宗の門徒が集まり始めております。」
「岩窟を掘り、小堂を建て、修行の場としております。」
「今のところ武装の気配はありません。」
水戸は静かに頷いた。
「監視は続けます。しかし、修行する者まで敵としてはなりません。」
陶末晴が地図を見つめながら言葉を継ぐ。
「西も東も兵を縛られております。」
「この雪もまた、人の動きを鈍らせましょう。」
「ですが、その静けさこそ恐れるべきです。」
空蝉が低く笑う。
「雪は足跡を残す。」
「されど、吹雪になれば何も見えぬ。」
「敵もまた、その吹雪を待っているやもしれぬな。」
最後に佐野昌綱が口を開いた。
「私は三好を警戒します。」
「長慶亡き後、あまりにも静かすぎます。」
「敵は戦場ではなく、人の心の隙を突いてくるでしょう。」
その言葉に、誰一人として異を唱える者はいなかった。
水戸頼家はゆっくりと立ち上がる。
「勝龍寺城は引き続き真壁殿にお任せします。」
「筒井殿は大和を、佐野殿は将軍家の警固を。」
「少弐殿は堺の商人との連絡を絶やさず、陶殿には西国の情勢を注視していただきたい。」
諸将は一斉に立ち上がった。
「はっ!」
城外では雪が静かに降り続いていた。
誰もが、この雪解けとともに再び戦が始まるものと思っていた。
だが、本当に動き出そうとしていたのは戦場ではない。
静まり返った京の都であった。




