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御所へ

永禄七年七月。


三好長慶の死は、瞬く間に京中を駆け巡った。


町人は店を閉め、寺は鐘を鳴らし、公家は門を固く閉ざす。


誰もが知っていた。


長慶という一本の柱が折れた今、京は嵐の中へ投げ込まれることを。


信濃屋にも、次々と急報が飛び込んできた。


「三好三人衆、兵を集めております!」


「摂津より郎党が京へ向かっております!」


「市中では浪人どもも騒ぎ始めました!」


佐野昌綱は静かに立ち上がる。


「始まったか。」


その声に迷いはなかった。


まず佐野が向かったのは、将軍家ではない。


剣友会であった。


道場へ駆け込むと、上泉伊勢守をはじめ、多くの門弟が既に集まっていた。


佐野は一礼すると、声を張る。


「皆様。」


「京は戦になります。」


「今すぐ門弟を連れ、それぞれ安全な地へ退避してください。」


道場は静まり返る。


上泉伊勢守は静かに目を閉じた。


「……そうか。」


「とうとう来たか。」


老いた剣聖はゆっくり立ち上がる。


「わしは、もう戦う翁ではない。」


「若き者を導くことこそ役目じゃ。」


その隣には柳生宗厳が立っていた。


「先生。」


「奈良へ参りましょう。」


上泉は小さく頷く。


「うむ。」


「柳生よ、あとは任せたぞ。」


柳生は深く頭を下げる。


「必ず。」


こうして上泉伊勢守は、柳生宗厳に付き添われ、静かに奈良へ退いていった。


その一方。


吉田神社では、吉田兄弟が門弟を集めていた。


「佐野殿。」


兄・兼成が静かに笑う。


「退避のお勧め、ありがたく存じます。」


「ですが。」


弟・兼盛が一歩前へ出る。


「ここで京を捨てれば、吉田の名折れ。」


「代々朝廷に仕えた家が、都を見捨てることはできませぬ。」


兼成は静かに頷いた。


「京で腕に覚えのある者を集めます。」


「武士だけではありません。」


「神人も。」


「町衆も。」


「剣客も。」


「都を守ろうという者は、皆、御所へ。」


佐野は深く一礼した。


「ありがとうございます。」


「将軍様も、お喜びになるでしょう。」


---


信濃屋へ戻ると、儀仗抜刀隊がすでに整列していた。


隊長である水戸頼家。


北畠具教。


そして佐野昌綱。


三人は顔を見合わせる。


佐野が口を開いた。


「これより役目を分ける。」


「私は抜刀隊を率いて御所へ向かう。」


全員が頷く。


佐野は水戸を見る。


「水戸殿。」


「はい。」


「織田へ走れ。」


「さらに六角へもだ。」


「今だけは争っている場合ではない。」


「停戦を願い、将軍救援を要請してくれ。」


水戸は迷わず頷いた。


「承知。」


「必ず援軍を連れて戻ります。」


続いて北畠へ向く。


「北畠殿。」


「承った。」


「雑賀衆を頼っていただきたい。」


北畠は静かに笑う。


「鉄砲なら雑賀に勝る者はおらぬ。」


「命に代えても連れて参ろう。」


三人は互いに拳を合わせた。


「武運を。」


「武運を。」


「武運を。」


その言葉だけを残し、それぞれ別々の道へ駆け出す。


水戸は東へ。


北畠は紀州へ。


佐野は百を超える儀仗抜刀隊を率い、一直線に御所を目指した。


京の町には既に、不穏な空気が漂っていた。


店は戸を閉ざし、人々は家へ逃げ込む。


遠くでは武具を打ち鳴らす音が響き始める。


御所の門が見えた。


その時、吉田兄弟の姿もあった。


神人。


剣客。


町衆。


京の腕っぷしたちが、それぞれ武器を手に集まり始めている。


吉田兼成は佐野へ向かって力強く頷いた。


「御所は、我らも守る。」


佐野も力強く応える。


「皆で守り抜きましょう。」


こうして御所には、将軍を守る者たちが次々と集結していった。


一方その頃。


三好三人衆の軍勢は、静かに京へ向けて進軍を開始していた。


都を守る者と、都を奪う者。


その決戦は、もはや避けられなかった。

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