東大寺の会談
永禄七年三月。
東大寺の一室。
約束の刻限より少し早く着いた佐野昌綱は、静かに庭を眺めながら篠原長房を待っていた。
やがて障子が開き、篠原が姿を現す。
「お待たせいたしました。」
「本日は、お約束どおり、お引き合わせしたい御方をお連れいたしました。」
篠原が脇へ下がる。
その後ろから現れた人物を見た瞬間、佐野は目を見開いた。
「……一色殿。」
現れた男は穏やかに一礼する。
「お久しぶりでございます、佐野殿。」
「御所以来でございますな。」
佐野は思わず苦笑した。
「まさか、篠原殿とご一緒とは思いませんでした。」
一色もまた微笑む。
「私も初めて篠原殿と会った時は、同じことを思いました。」
篠原が静かに口を開く。
「私は三好家の家臣。」
「一色殿は将軍家の重臣。」
「戦場では敵味方になることもございました。」
一色は頷く。
「しかし、京を守るためならば、立場を越えて話し合うこともございます。」
「それが、この十数年でございました。」
佐野は二人を見比べ、小さく息を吐いた。
「乱世とは、奇妙なものです。」
三人は席に着く。
しばらく沈黙が流れたあと、一色が切り出した。
「篠原殿よりお聞きでしょう。」
「三好長慶殿のお体は、もはや長くはございません。」
「ええ。」
「そして長慶殿がお亡くなりになれば、三好三人衆を抑える者は事実上いなくなります。」
一色の声は重かった。
「京は再び戦乱に巻き込まれるでしょう。」
「私は、それだけは避けたい。」
「将軍家だけでは止められません。」
「朝廷だけでも止められません。」
「だからこそ、小田殿の力をお借りしたいのです。」
佐野はしばらく考え込んだ。
そして静かに首を横へ振る。
「お気持ちは理解いたします。」
「しかし、今の小田にはその余力がありません。」
二人が顔を上げる。
「越中では一向一揆が激しくなり、宇都宮勢が鎮圧に当たっております。」
「さらに駿河東部でも北条勢が一向一揆への対応に追われ、小田も援軍を送っております。」
「京へ大軍を差し向けられる状況ではございません。」
一色は目を伏せた。
「……そうでございましたか。」
「申し訳ありません。」
「謝ることではありません。」
佐野は穏やかに答える。
「国を守る者は、皆それぞれの戦を抱えております。」
しばらく沈黙が続いた。
その空気を破ったのは篠原だった。
「それならば。」
二人が篠原を見る。
「来月、もう一人だけお会いいただきたい御方がおります。」
佐野が問い返す。
「どなたです。」
篠原は静かに首を振った。
「今はまだ、お名前は申し上げられません。」
「ですが、この乱世を憂えているという点では、一色殿と同じ思いのお方です。」
一色も小さく頷いた。
「私からもお願いいたします。」
「一度だけ、お会いください。」
佐野は二人の表情を見比べ、静かに頷いた。
「承知しました。」
「来月、お会いしましょう。」
篠原は安堵したように微笑む。
「ただ、一つ。」
「東大寺では続けて会うわけには参りません。」
「人目もございます。」
一色が静かに言葉を継ぐ。
「次は場を変えましょう。」
「法隆寺。」
その名を聞き、佐野は静かに頷いた。
「承知しました。」
「では、来月は法隆寺で。」
三人は深く一礼を交わした。
春の風が東大寺の回廊を吹き抜ける。
この約束が、やがて本願寺との新たな縁へと繋がっていくことを、この時まだ佐野は知る由もなかった。




