東から漂う火薬の匂い
新年を迎えた京は、祝いの空気に包まれていた。
御所でも簡素ながら正月の膳が並び、義輝や近習たちは穏やかなひとときを過ごしていた。
その静けさを破るように、一人の使者が駆け込む。
「急報にございます!」
座が張り詰める。
使者は息を整える間もなく頭を下げた。
「尾張の織田信長殿、正月早々、調略をもって美濃・稲葉山城を落としたとのこと!」
部屋が静まり返る。
「……調略で、か。」
義輝が静かにつぶやく。
「城攻めではなく、内から崩したのでございます。」
佐野は腕を組み、小さく息を吐いた。
「織田信長らしい。」
兵を無駄にせず、知略で勝つ。
その手腕は噂以上であった。
義輝も頷く。
「東より、また一つ大きな火が上がったな。」
佐野は障子の向こう、東の空へ目を向ける。
まだ京から火は見えぬ。
それでも胸の内には確かに感じていた。
東から火薬の匂いがする。
尾張、美濃。
やがてその火は近江へ、そして京へ届く。
乱世は、新しい局面へ入りつつあった。
その重苦しい空気を和らげるように、もう一人の使者が御所へ現れる。
「坂東より、佐野様宛てにございます。」
佐野は書状を受け取り、封を切った。
読み進めるにつれ、その表情が穏やかになる。
「吉報か。」
義輝が尋ねる。
「はい。」
佐野は思わず口元を緩めた。
「殿……小田氏治様と早川殿との間に、姫君がお生まれになったとのこと。」
「おお!」
義輝は満面の笑みを浮かべた。
「めでたいではないか!」
近習たちからも自然と祝福の声が上がる。
佐野はさらに書状を読み進める。
「……そして。」
「まだあるのか。」
「黄梅院様がご懐妊されたそうです。」
義輝は何度も頷いた。
「坂東も賑やかになってきたな。」
「ええ。」
佐野の顔には自然と笑みが浮かぶ。
氏治はまだ若い。
それでも一国を率い、未来へ続く命を育み始めている。
佐野は書状を丁寧に畳み、懐へ納めた。
「帰国いたしましたら、祝いの品を持参せねばなりませぬ。」
「昌綱らしい。」
義輝は笑う。
「兄としては、何を贈る?」
「兄ではございませぬ。」
「いや、氏治殿もそう思っておろう。」
義輝は冗談めかして笑った。
佐野も照れたように苦笑する。
外では新春の風が庭木を揺らしていた。
東では織田信長が美濃を制し、新たな時代の幕を開けようとしている。
一方、坂東では新しい命が産声を上げ、さらにもう一つの命が芽吹こうとしていた。
乱世は激しさを増していく。
それでも、人は命を繋ぎ、未来を育てていく。
その対照的な知らせは、この一年が希望と激動の両方を抱えて進むことを、静かに物語っていた。




