老人の勘
やがて季節は巡り、京にも秋が深まった。
十月、十一月。
佐野と空蝉は御所へ通い続けた。
誰かを問い詰めることはない。
普段どおり剣を交え、普段どおり談笑し、普段どおり人々の輪へ加わる。
その中で、人となりだけを見続けた。
ある日の帰り道。
紅葉の舞う御所の外れで、空蝉がぽつりと口を開く。
「一つ、確信したことがある。」
佐野は黙って耳を傾けた。
「まず細川殿じゃ。」
「藤孝殿ですか。」
「ああ。」
空蝉はゆっくりとうなずく。
「あのお人が内通しておるなら、わしらはとっくに死んでおる。」
佐野は思わず息を呑んだ。
「それほどですか。」
「それほどじゃ。」
老人は迷いなく言う。
「あの男の信頼も才も大きい。御所の内も外も動かせる。」
「もし裏切るなら、陽動など要らん。」
「御所は呼応し、お前さんも、わしも、義輝公も、一度で終わっておる。」
静かな口調だった。
だからこそ重みがあった。
「つまり違う。」
「少なくとも、あのお人ではない。」
佐野は静かにうなずく。
空蝉は続けた。
「次は松田殿じゃ。」
「松田頼隆殿……。」
「あのお人も違う。」
「警備を担う立場にある。」
「呼応する気なら、いくらでも機会はあった。」
実際、御所襲撃の折も松田は最前線で剣を振るっていた。
命を惜しまず将軍を守っていた。
それを空蝉は、この数か月、自分の耳で何度も確かめていた。
「もっとも……。」
老人は少し笑う。
「松田殿は口が軽い。」
佐野も思わず苦笑する。
確かに気さくで、思ったことを隠さない性格だった。
「酒の席でも、人との世間話でも、悪気なく話してしまうことはあるじゃろう。」
「知らぬ間に利用された。」
「それなら十分あり得る。」
空蝉はそこで首を横に振った。
「だがな。」
「家も命も将軍も、すべて投げ打って裏切るような器には見えん。」
佐野は少し驚いた。
「先生、それは……。」
「証ではない。」
空蝉は苦笑した。
「ただの勘じゃ。」
「老人の長い旅で覚えた、人を見る勘。」
「わしらしくもない話よ。」
そう言って笑う。
しかし、その笑みには不思議な確信があった。
佐野はその横顔を見つめる。
空蝉は証拠だけで語る男だった。
その男が、初めて「勘」を口にした。
だからこそ、佐野は軽く聞き流すことができなかった。
老人は静かに空を見上げる。
「人は嘘をつく。」
「だが、生き様はそう簡単には変わらん。」
「長く見ておれば、それくらいは分かるものじゃ。」
その言葉を胸に刻みながら、佐野は改めて御所の人々を思い返した。
疑うためではない。
その人が、どんな生き方をしてきたのか。
真実は、その先にあるような気がしていた。




