御所に馴染む老人
佐野と空蝉は、それまでと何一つ変わらぬように振る舞った。
慌てて探りを入れることもなければ、誰かを問い詰めることもしない。
佐野はこれまでどおり義輝の側で儀仗抜刀隊の務めを果たし、空いた時間には剣友たちと汗を流す。
空蝉もまた、あくまで佐野に連れられてきた一介の旅の老人として御所へ出入りした。
その姿は自然で、誰一人として警戒する者はいなかった。
むしろ、御所の者たちはすぐに空蝉を気に入り始める。
空蝉は旅を重ねた年月が長いだけあり、話の引き出しが尽きなかった。
若い頃に見聞きした近畿の戦乱。
細川と畠山が争った頃の逸話。
応仁以来の京の移り変わり。
誰も知らぬ街角の昔話まで、まるでその場にいたかのように語る。
かと思えば、医術の話にも明るかった。
野山に生える薬草の効能。
骨折の手当て。
旅先で命をつないだ民間療法。
体調を崩した小姓に助言すると、ほどなく快方へ向かったこともあり、御所の者たちは「先生」と呼んで慕うようになった。
さらに空蝉は、説話や寓話を語らせても見事だった。
説教臭くはない。
笑い話に見せながら、人の欲や驕りを戒める。
子どもも大人も、いつの間にか話へ引き込まれてしまう。
そして夕暮れになると、空蝉は琵琶を抱えた。
盲目の老人が静かに爪を当てる。
ぽろん、と澄んだ音が御所に響く。
語るのは平家の物語ばかりではない。
各地で聞いた民話や旅人の歌、時には即興で義輝や近習たちを笑わせる滑稽話まで織り交ぜた。
御所には自然と人が集まり、小さな輪ができる。
佐野は少し離れた場所から、その様子を静かに眺めていた。
(……すごい。)
剣では敵わない。
人の懐へ入ることでも、この老人には敵わない。
空蝉は何一つ探る素振りを見せない。
だからこそ、人々は自ら話しかけ、自ら昔話を語り、自ら御所の出来事を口にする。
誰も気づかない。
この老人が耳を澄ませ、一つひとつの言葉を静かに拾い集めていることに。
そして佐野もまた、普段どおりに義輝へ仕えながら、人の動きと情報の流れを見つめ続けた。
二人は決して急がない。
真実は、疑いの目ではなく、日常の中にこそ姿を現すと信じていたからである。




