別れの朝、京への帰路
翌朝。
堺の港には、まだ朝靄が薄く残っていた。
昨日まで天下茶碗品評会で賑わっていた街は、まるで祭りのあとのような静けさに包まれている。
桟橋には二隻の巨大な寮艦――**「筑波」と「二荒」**が並び、その甲板では兵学館の生徒や水夫たちが忙しく帆を整えていた。
結城朝基は最後に桟橋へ立ち、佐野や義輝へ深く一礼する。
「将軍家の京入り、頼みました。われらはこれより坂東へ帰還します。」
新田義綱も笑みを浮かべる。
「また兵学館で会おう。次は稽古では負けん。」
佐野は静かに頷いた。
「お気を付けて。」
やがて銅鑼が鳴る。
綱が外され、大きく帆が風を受けると、「筑波」と「二荒」はゆっくりと堺の港を離れていった。
甲板には多くの兵学館生が並び、最後まで京の方角へ手を振っている。
やがて二隻は朝日に照らされながら瀬戸内へと姿を消し、堺の人々はしばらくその背を見送り続けた。
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一方、京への帰路。
行列は決して華美ではない。
しかし、それを目にした者は皆、その異様な統制に息を呑んだ。
先頭を進むのは、結城朝基と新田義綱が率いる坂東最精鋭・上野騎馬隊。
馬は乱れなく歩を揃え、誰一人として無駄口を叩かない。
道の先々では斥候が先行し、橋や辻を確認していく。
その後方には、足利義輝の輿。
将軍の周囲を固めるのは、佐野昌綱、水戸頼家、北畠具教ら儀仗抜刀隊であった。
彼らは抜刀こそしていないが、いつでも鞘走らせられる間合いを保ちながら歩く。
さらに周囲には鹿島商館の者や供回りが自然に溶け込み、遠目には穏やかな将軍行列にしか見えない。
だが、その実態は幾重にも張り巡らされた警戒網だった。
義輝は輿の簾を少し上げ、前方を見つめる。
先導する上野騎馬隊の背中は、一糸乱れぬ。
「……頼もしいものよ。」
ぽつりと漏らす。
佐野は将軍の横を歩きながら静かに応えた。
「兵学館で鍛え上げた、坂東でも最良の騎兵です。」
義輝は微笑んだ。
「このような護衛で京へ帰るのは初めてかもしれぬ。」
誰も声を荒らげることはない。
ただ、馬の蹄が土を打つ音だけが、夏の街道に規則正しく響いていた。
こうして将軍一行は、静かに、しかし盤石の守りのもと、再び京への道を進んでいった。




