豊後との約定
天下茶碗品評会も始まって1週間が過ぎた。
氏治は人目を避けるように宗久の別邸へ向かった。
供を務めるのは、小田家家臣となった陶晴賢である。
やがて座敷へ案内されると、豊後・大友家の使者が立ち上がった。
「大友左衛門督宗麟様の命を受け参りました、吉岡長増にございます。」
氏治も一礼する。
「坂東の小田氏治にございます。」
陶が姿を見せると、吉岡は思わず目を見開いた。
「……陶殿。」
しばし驚いた表情を浮かべた後、吉岡は苦笑した。
「これは隠し事などできませぬな。」
「陶殿がおられる以上、大友の事情はおおよそ筒抜けでございましょう。」
陶は穏やかに頷く。
「旧縁がございますゆえ。」
「ならば腹を割ってお話しくだされば、それで十分にございます。」
吉岡も覚悟を決めたように姿勢を正した。
「では率直に申し上げます。」
「大友家は、中国地方への進出を諦めました。」
氏治は静かに耳を傾ける。
「毛利との争いに兵を費やすより、小倉を最前線として睨みを利かせるに留めます。」
「その代わり、九州に力を注ぎました。」
吉岡は地図を広げた。
「北九州を横断する街道と港を整え、長崎、五島まで海路を押さえております。」
「阿蘇家とも同盟を結び、北は盤石となりました。」
しかし、その指が南へ移る。
「ですが。」
「伊東を併呑した島津の勢いは激しゅうございます。」
「いずれ北へ向かってくるでしょう。」
陶も静かに頷いた。
「島津が勢いづけば、止めるのは容易ではありませぬ。」
氏治はしばらく地図を見つめ、やがて口を開いた。
「ならば、小田家から二つ提案がございます。」
吉岡は身を乗り出す。
「ぜひ、お聞かせ願いたい。」
「第一。」
「大友家の若君や重臣の子弟を、兵学館へお送りください。」
吉岡は少し驚く。
「兵学館へ。」
「武芸だけではございません。」
「兵法、築城、鉄砲、航海、商い、礼法。」
「そして何より、各国の若者が学友となります。」
「今は敵味方でも、将来は国を支える者同士。」
「若いうちに顔を知っておくことは、必ず国の益になります。」
陶が穏やかに笑う。
「人を育てる同盟、ということですな。」
「左様。」
氏治は続けた。
「第二。」
「数年後、小田家では坂東ガレオンを新型へ更新いたします。」
吉岡が目を見開く。
「更新……。」
「初期型は退役いたします。」
「倉で朽ちさせるくらいなら、同盟国に使っていただきたい。」
「払い下げという形で、お安くお譲りいたします。」
「もちろん、交易路を守るために。」
吉岡は思わず息をのんだ。
「坂東ガレオンを……大友へ。」
氏治は頷く。
「船は海を走ってこそ価値があります。」
「豊後の海を守る船となれば、それ以上の使い道はございません。」
吉岡は深く頭を下げた。
「宗麟様も必ずお喜びになります。」
「兵学館への留学も、前向きにお伝えいたしましょう。」
氏治はさらに静かに続けた。
「もう一つだけ。」
「小田は大友に九州の覇を争えとは申しません。」
「ですが、海は守っていただきたい。」
「海路が開かれていれば、坂東と豊後はいつでも助け合えます。」
吉岡は力強く頷いた。
「そのお言葉、宗麟様へそのままお伝えいたします。」
「大友家もまた、坂東との縁を大切にしたく存じます。」
陶は二人を見比べ、静かに笑った。
「武士が国を守り、商人が国を潤し、人が国を結ぶ。」
「良き約定になりましたな。」
氏治は茶碗を手に取り、穏やかに微笑んだ。
「天下は一人では築けません。」
「志を同じくする者が、一国、また一国と増えていく。」
「それが私の願いにございます。」
堺の町では、茶碗に新たな価値が付けられていた。
その裏では、坂東と豊後を結ぶ新たな航路と、新たな学びの道が静かに開かれようとしていた。




