小田と織田 ――堺密談
天下茶碗品評会二日目。
堺は天下の名物を求める人々で賑わっていた。
将軍足利義輝は茶碗を眺め、公家は香木を語り、商人は値を競い合う。
その喧騒から少し離れた今井宗久の屋敷。
一室には四人だけが座していた。
小田氏治。
結城朝基。
織田信長。
丹羽長秀。
そして亭主・今井宗久。
宗久は静かに茶を点てると口を開く。
「本日は、この座敷では刀ではなく、約定が重うございます。」
やがて襖が開き、信長が現れた。
結城は思わず息を呑む。
「……ご本人。」
信長は氏治を見る。
「坂東の若殿か。」
氏治は深く礼をした。
「小田氏治にございます。」
信長は口を開く。
「小田殿――」
しかしすぐに笑って首を振った。
「いや。」
「われも織田。」
「そなたを小田殿と呼べば紛らわしい。」
宗久も口元を緩める。
「氏治殿。」
「大和の大祭もそうだ。」
「そして、この天下茶碗品評会。」
「……狙いは何だ。」
氏治は静かに答えた。
「まず一つ。」
「新しきものに値をつけることにございます。」
信長は薄く笑う。
「……それは半分だろう。」
氏治は黙って見返す。
「もったいぶるな、氏治殿。」
「茶碗だけのために将軍も商人も集めぬ。」
「もっと大きな狙いがある。」
氏治は頷いた。
「では、率直に申し上げます。」
「私が目指すのは、天下両輪の計。」
「武家と公家。」
「その両輪が揃ってこそ国は永く続く。」
「そして、この茶会は武士も公家も商人も職人も同じ席につく場。」
「新しきものに値をつける。」
「それは茶碗だけではございません。」
「人にも、技にも、国にも、新たな価値を与えること。」
宗久は静かに頷いた。
丹羽も感心したように氏治を見る。
信長は腕を組む。
「ならば坊主はどうする。」
「寺社勢力もその輪に入れるのか。」
氏治は即答した。
「寺社は自由で結構。」
「祈り、学び、人を救う。」
「それが本来の務め。」
信長は鼻で笑う。
「甘い。」
氏治は少しも揺るがない。
「ただし。」
「私に指図をしなければ。」
宗久が顔を上げた。
氏治は続ける。
「坊主であろうと、公家であろうと、武士であろうと。」
「皆、一人の人。」
「信がおければ信じます。」
「ですが。」
「害をなすなら。」
「叩き切るまで。」
一瞬の静寂。
やがて信長は腹を抱えて笑った。
「はははは!」
「気が合う!」
「気が合うな、氏治殿!」
丹羽長秀が苦笑する。
「殿がここまで笑われるとは。」
信長は笑いを収めると真顔になった。
「氏治殿。」
「そなたは正直だ。」
「ならば、こちらも正直に話そう。」
丹羽が驚く。
「殿。」
「よい。」
信長は氏治を見る。
「美濃は調略済み。」
「残るは最後だけだ。」
「その後、浅井を頼り、美濃と伊勢から六角を挟む。」
「六角を滅ぼし。」
「京へ向かう。」
誰も口を挟まない。
信長は続けた。
「その時。」
「都合がいいのが大和だ。」
「戦わずして中立。」
「これほど使いやすい地はない。」
「商い。」
「情報。」
「敵味方が刃を収める場所。」
「今後、織田は大和をそう使いたい。」
氏治は静かに尋ねる。
「担保は。」
信長は即答した。
「この首だ。」
「約を違えれば、この首に価値はない。」
氏治は深く頷いた。
「承りました。」
少し間を置き、氏治も切り出す。
「では、私からも一つ。」
「伊勢について。」
信長は黙って聞く。
「城を返せとは申しませぬ。」
「ですが。」
「北畠ゆかりの寺社。」
「旧臣。」
「宝物。」
「返せるものはお返しいただきたい。」
「そして国境を整理したい。」
信長は少し考え、笑った。
「よい。」
「城は返せぬ。」
「だが。」
「北畠ゆかりのものは返そう。」
丹羽が不思議そうに見る。
「殿。」
信長は笑った。
「長秀。」
「情けではない。」
「ガス抜きだ。」
「北畠に未練を持つ者を抱え込んでも火種になる。」
「帰りたい者は帰す。」
「残る者だけが織田に従えばよい。」
氏治は静かに頷いた。
「双方に益があります。」
「よかろう。」
「国境も整理する。」
宗久は茶を注ぎ足す。
重苦しかった空気が少し和らいだ。
すると信長は何かを思い出したように宗久を見る。
「そうだ、宗久。」
「はっ。」
「天下に轟くような茶器と茶碗を一揃え見繕え。」
宗久は頭を下げる。
「かしこまりました。」
信長は悪戯っぽく笑う。
「値は任せる。」
「いつものようにぼったくっても、手間賃にしてよい。」
丹羽が吹き出し、
結城も思わず笑う。
氏治も苦笑した。
宗久だけは困ったように笑って深く頭を下げた。
「それでは、いつもと変わりませぬな。」
座敷は笑いに包まれた。
乱世を駆ける二人の若き当主。
この日、堺で交わされた約定は、後に人々から**「小田・織田会談」**と呼ばれ、戦だけではなく対話によって天下を動かそうとした稀有な会談として語り継がれることとなる。




