静かなる茶席、密なる会談
天下茶碗品評会二日目。
朝の堺は、潮風と人々の活気に包まれていた。
会場には昨日にも増して多くの大名、公家、豪商、茶人が集い、名物茶碗を前に思い思いの議論を交わしている。
一碗を前に国の話が生まれ、一服の茶を介して新たな縁が結ばれる。
まさに堺は、乱世の外交の中心となっていた。
足利義輝も近習を伴い姿を現す。
その隣には妹姫の姿もある。
昨日まで退屈そうにしていた姫であったが、今日は違っていた。
茶碗を一つひとつ手に取り、焼き色や形、釉薬の流れを興味深そうに眺めている。
宗及が説明する由来にも真剣に耳を傾け、時折小さく頷いた。
義輝は妹を見て笑う。
「昨日とはまるで別人よ。」
姫は少し恥ずかしそうに笑った。
「昨日いただいた茶碗を見ておりますと、同じものが一つとしてないことに気付きました。」
「今日は皆様のお話が、とても面白く感じます。」
宗及も目を細めた。
「姫様も茶碗の心をお知りになりましたな。」
「良い器とは、人の心を育てるものでございます。」
その様子を見た佐野昌綱は静かに微笑み、昨日選んだ黒紫の茶碗を思い浮かべていた。
しかし、その賑わいの中に二人の姿はなかった。
小田氏治と結城朝基である。
氏治はこの機を逃さず、かねてより接触を望んでいた織田方との会談を進めていた。
場所は、堺の豪商・今井宗久の屋敷。
宗久はこの密会の立会人を引き受け、自ら離れ座敷を貸し与えていた。
庭には鹿威しが静かな音を立て、水琴窟の響きだけが耳に届く。
外の喧騒とは隔絶された、静寂の空間である。
氏治は上座ではなく、客座に静かに座し、その一歩後ろには結城朝基が控えていた。
やがて宗久が立ち上がる。
「お見えになりました。」
襖がゆっくりと開かれる。
現れたのは、一人の若き武将。
鋭い眼光を宿しながらも堂々とした足取りで座敷へ入る。
その後ろには、穏やかな面持ちの武将が続いた。
宗久は深く一礼する。
「ご紹介申し上げます。」
「尾張国主、織田上総介信長様。」
「そして重臣、丹羽長秀様にございます。」
結城は思わず息をのんだ。
使者ではない。
織田家当主自らが、この席へ姿を現したのである。
氏治も一瞬だけ目を見開いたが、すぐに静かに頭を下げた。
「坂東の小田氏治にございます。」
信長も氏治を見据え、わずかに笑みを浮かべる。
「貴様が坂東の若殿か。」
「聞きしより若いな。」
氏治も笑みを返した。
「尾張の風雲児と名高き織田殿にお目にかかれましたこと、光栄にございます。」
宗久は両者を見回し、静かに口を開く。
「本日は商人の屋敷にございます。」
「ここでは刀ではなく言葉が力を持ちます。」
「どうか胸襟を開き、お話しくださいませ。」
天下茶碗品評会が華やかに続くその裏で、乱世の行方を左右する若き二人の英傑は、堺の一室で静かに向かい合っていた。




