四つの茶碗、四つの願い
夕暮れを迎え、一行は堺の港へと戻った。
茜色に染まる海には、坂東船団の旗艦「つくば」と僚艦「二荒」が並び、無数の提灯が灯されて海面を黄金色に照らしている。
その壮麗な姿に、公家も商人も思わず足を止めた。
「まるで海に浮かぶ城よ。」
「これが坂東の誇るガレオンか。」
感嘆の声が港中に広がる。
やがて小田氏治は客人たちを二荒へ招き入れ、穏やかな笑みを浮かべた。
「京よりお越しの皆様、本日は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございました。」
「今宵はどうぞ、この二荒にて坂東のもてなしをお楽しみください。」
義輝も頷き、今井宗及ら堺の豪商、公家、近習たちは船内の宴席へと案内される。
宴もたけなわとなった頃、氏治は静かに立ち上がった。
広間には、天下茶碗品評会へ出品された名品の数々が美しく並べられている。
「本日は姫様の警固を務められた勇将諸君へ、褒美をお贈りいたします。」
そう言って結城朝基、新田義綱、佐野昌綱を前へ呼び寄せた。
「今日という日の記念として、この中よりそれぞれお好きな茶碗を一碗、お選びください。」
今井宗及が目を丸くする。
「名物を褒美になさるとは……。」
氏治は笑みを浮かべた。
「茶碗は箱の中で眠るより、人に愛でられてこそ価値がございます。」
最初に進み出たのは結城朝基であった。
迷うことなく選んだのは、薄緑の釉薬が美しいルソン焼きの茶碗。
宗及が感心する。
「さすが結城殿。これはルソン渡りの一碗にございます。」
朝基は微笑んだ。
「いつの日か、この茶碗が焼かれたルソンへ渡り、自らこの目で異国を見てみたいのです。」
そして義輝へ向き直り、冗談めかして一礼する。
「もし私がルソンを治めましたなら、その折は守護にお任じください。」
義輝は腹を抱えて笑った。
「ははは! 朝基、おぬしは坂東だけでは飽き足らぬか!」
広間は笑いに包まれた。
続いて新田義綱が進み出る。
彼が選んだのは、白地にところどころ銀を散らしたような輝きを宿す、美しい朝鮮焼であった。
「私は茶の善し悪しは分かりませぬ。」
義綱は静かに語る。
「ですが、この白さは雪の朝のようで美しい。灯火を受けると、まるで月明かりを浴びた雪原のように見えました。」
氏治も頷いた。
「いかにも義綱らしい一碗だ。」
最後に佐野昌綱が歩み出る。
彼が手に取ったのは、華南渡りの黒紫の茶碗。
深い黒紫をまといながら、口縁も胴もわずかに歪んだ、不格好ともいえる一碗であった。
宗及は少し驚く。
「それは形に癖のある品でございます。」
佐野は静かに微笑んだ。
「だからこそ気に入りました。」
「人もまた同じです。真っ直ぐな者ばかりではございません。」
「歪みや傷があるからこそ、その者だけの強さが生まれる。」
義輝は感心したように頷いた。
「昌綱らしい見立てよ。」
三人がそれぞれの茶碗を抱える姿を見届けると、氏治は今度は義輝の妹へ向き直った。
「姫様。」
「本日の思い出として、姫様にもぜひ一碗、お好きな茶碗をお選びください。」
「私もですか?」
姫は目を輝かせ、並ぶ茶碗をゆっくりと見て歩く。
やがて、小ぶりな一碗をそっと両手で抱き上げた。
白と乳白色が柔らかく溶け合い、春霞を閉じ込めたような優しい色合い。
口縁も胴も少し歪んだ、愛らしい茶碗であった。
「少し歪んでおりますけれど……。」
姫は嬉しそうに微笑む。
「何だか可愛らしくて、この子が好きです。」
氏治はその茶碗を見ると、穏やかに笑みを浮かべた。
「姫様、お目が高うございます。」
「実はその茶碗は、佐野殿がお選びになった黒紫の茶碗と、同じ陶工が焼いた一対の作品にございます。」
その言葉に広間はどよめいた。
姫は驚いて佐野の茶碗を見つめ、自分の茶碗と見比べる。
一つは黒紫。
一つは白と乳白色。
色も姿も異なる。
しかし、どちらも優しく歪み、同じ作者の息遣いを感じさせる器であった。
「本当……。」
姫は嬉しそうに笑った。
「兄弟のようなお茶碗ですね。」
義輝もその二碗を眺め、穏やかに頷く。
「今日という日の縁に、これほど相応しいものもあるまい。」
佐野は静かに一礼した。
「私には過分なご縁にございます。」
氏治は四人の茶碗を見渡し、満足そうに微笑んだ。
「同じものは一つとしてなく、それぞれに異なる美しさがございます。」
「人もまた、それぞれ違うからこそ支え合えるのでしょう。」
その夜、二荒の広間には笑い声が絶えることなく響いた。
四つの茶碗は、それぞれの持ち主の願いを映しながら、静かに灯火を受けて輝いていた。




