天下茶碗品評会 開幕
宗及の提案を受けて準備は驚くべき速さで進んだ。
坂東ガレオンは岸壁へ堂々と碇を下ろし、周囲には商人たちの市が広がる。
港には坂東水軍。
街道には坂東上野騎馬隊。
鹿島衆と儀仗抜刀隊が昼夜を問わず警戒を続け、堺は一つの城塞のような姿となっていた。
そして、およそ一週間後――。
天下茶碗品評会は、ついにその幕を開けた。
朝早くから堺の港は人で埋め尽くされる。
異国の香木が香り、茶が湯気を立て、異国の織物や硝子細工が秋の日差しを受けて輝いていた。
その中央には、威風堂々たる坂東ガレオン。
船内では宗及をはじめとする茶人たちが、渡来の茶碗を一つひとつ手に取り、姿、焼き、手触り、由来を語り合っていた。
佐野昌綱の進言どおり、この催しは商人だけの集まりでは終わらなかった。
将軍・足利義輝が近習を従え、自ら堺へ姿を現したのである。
さらに妹君も同行し、公家や幕臣たちも供として加わる。
その知らせは瞬く間に会場を駆け巡った。
「将軍家がお見えになった!」
「義輝公自らご臨席とは!」
会場は大きなどよめきに包まれる。
佐野は儀仗抜刀隊を率いて義輝の警固につき、近習や鹿島衆とも連携しながら周囲へ鋭い視線を巡らせた。
港では坂東水軍が船を監視し、街では結城朝基率いる坂東上野騎馬隊が巡回を続ける。
これほど厳重な警備の中で催しが行われることは、堺始まって以来であった。
その甲斐あって、天下茶碗品評会は混乱一つなく着々と進んでいく。
会場には、小田家と親交の深い諸勢力も姿を見せていた。
上杉。
北条。
伊達。
最上。
筒井。
いずれも名代や家臣を送り込み、渡来の名物や新たな商いへ強い関心を寄せている。
さらに西国からも人々が続々と訪れた。
中国。
四国。
九州。
諸国の豪商や茶人が珍品を携え、坂東ガレオンへ足を運ぶ。
しかし、その中でもひときわ勢いを見せていたのは、清洲の商人たちであった。
尾張で急速に勢力を伸ばす織田家を背景に、多くの商人が堺へ集まり、市場の動きを熱心に見極めている。
その一角には、大友家の使者。
そして、織田家の使者の姿もあった。
互いに笑顔で挨拶を交わしながらも、その視線は鋭く相手の動きを探っている。
茶碗を眺める者。
香木の値を尋ねる者。
船の構造をさりげなく観察する者。
商談に見せかけて情報を集める者。
誰もが笑みを浮かべながら、その実、一歩も譲らない。
宗及はその光景を眺め、静かに呟いた。
「これは、茶会ではありませぬな。」
少弐冬明が苦笑する。
「ええ。」
「外交の戦場です。」
佐野もまた会場全体へ視線を巡らせる。
刀を抜く者はいない。
血も流れない。
しかし、この堺では今、天下の行く末を左右する情報と利が激しくぶつかり合っていた。
天下茶碗品評会。
その名の下に開かれたこの催しは、いつしか日本中の武家、公家、商人が集う、乱世最大の外交舞台となりつつあった。




