自由都市、始動
鹿島から戻った氏治は、休む間もなく父・政治への拝謁を願い出た。
広間には政治をはじめ、大掾幹家、真壁幹久、宍戸政繁ら重臣が顔を揃えている。
政治は穏やかに微笑んだ。
「宇都宮に続き、今度は鹿島か。」
「よほど実りある旅であったようだな。」
氏治は深く一礼した。
「父上。」
「お願いがございます。」
「申してみよ。」
氏治は広げられた常陸国の絵図を前に進み出ると、小田城の南、水運に恵まれた一帯を指した。
「この土地を、お譲りください。」
政治は地図を見つめる。
「この辺りをか。」
「はい。」
「町を築きたいのです。」
「町?」
「武士の城下町ではありません。」
「商人が集まり、職人が集まり、異国の者も安心して商える町です。」
「霞ヶ浦と鹿島を結ぶ港を築き、坂東一の市を開きたいのです。」
静まり返る広間。
政治はしばらく黙っていたが、やがて苦笑した。
「……氏治。」
「お前はまた、とてつもないことを言い出したな。」
家臣たちからも小さな笑いが漏れる。
「町一つ造るだけでも一大事。」
「それを坂東一とは。」
「童の夢にしては、大きすぎる。」
政治は優しく諭すように言った。
「志は立派だ。」
「だが、その土地は村も田もある。」
「そう簡単に譲ることはできぬ。」
氏治はうつむくことなく答えた。
「承知しております。」
「だからこそ、お願いに参りました。」
広間に重い沈黙が流れる。
その時だった。
一人の男がゆっくりと立ち上がる。
大掾幹家である。
「殿。」
政治が顔を向ける。
「幹家、何かあるか。」
幹家は静かに絵図へ歩み寄った。
そして氏治が指差した土地の隣を指す。
「この一帯。」
「もともと我が大掾家が預かる土地にございます。」
政治は目を見開く。
「幹家……。」
幹家は深く頭を下げた。
「若君のお考えを聞き、確信いたしました。」
「これは一代の事業ではございません。」
「百年、二百年先を見据えた国づくりにございます。」
「ならば、大掾家がお支えいたします。」
そう言うと、きっぱりと言い切った。
「我が領地を、若君の町づくりのためにお使いください。」
広間がどよめく。
真壁幹久が思わず立ち上がる。
「幹家殿!」
「それほどの土地を差し出されるおつもりか!」
幹家は穏やかに笑った。
「土地は守るだけでは価値を生みませぬ。」
「人が集まり、町となってこそ、国の宝になります。」
宍戸政繁も深く頷いた。
「田は私が育てましょう。」
「港は鹿島衆が結びましょう。」
「町は皆で築けばよい。」
政治は氏治を見つめた。
幼い息子は、まっすぐ父を見返している。
その瞳には迷いがなかった。
やがて政治は静かに笑った。
「幹家。」
「お前には敵わぬな。」
そして氏治へ向き直る。
「氏治。」
「お前一人では、この夢は叶わぬ。」
「だが、これほどの者たちが力を貸すというなら、やってみるがよい。」
氏治の表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます、父上。」
政治は力強く頷いた。
「ただし。」
「町を築くのは城を築くより難しい。」
「人の心を集めねばならぬ。」
氏治は深く一礼した。
「はい。」
「人が集まり、笑って暮らせる町を築いてみせます。」
その日、大掾幹家が自らの領地を差し出したことで、小田家の新たな挑戦が始まった。
後に「自由都市・土浦」と呼ばれる町は、この一日の決断から産声を上げるのであった。




