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自由都市の夢

宇都宮から戻って数日後。


宍戸政繁は氏治へ一通の文を届けた。


「若君。」


「鹿島より、政道殿がお見えになります。」


氏治は嬉しそうに顔を上げた。


「本当ですか。」


「はい。」


「今日は我が家へお招きしております。」


「ぜひ、お越しください。」


翌日。


氏治は真壁幹久と治彦を伴い、宍戸の屋敷を訪れた。


庭先には味噌樽が並び、醤を仕込む甕からは香ばしい香りが漂う。


軒先には干し魚が吊るされ、土間では藻塩づくりの準備が進められていた。


宍戸はいつものように土だらけの姿で出迎える。


「ようこそお越しくださいました。」


「政道殿も、すでにお待ちです。」


座敷へ通されると、一人の武士が立ち上がった。


潮風に焼けた肌。


堂々たる体格。


鋭い眼差しは、海を知る者ならではの力強さを感じさせる。


宍戸が紹介した。


「若君。」


「こちらが鹿島衆をまとめる、鹿島政道殿。」


「そして、このたび我が息子へ嫁いだ娘の父君でもあります。」


氏治は驚いたように目を丸くする。


「そうでしたか。」


政道は穏やかに一礼した。


「鹿島政道にございます。」


「娘がお世話になっております。」


氏治も丁寧に頭を下げる。


「氏治です。」


「宍戸殿から、お話はいつも伺っています。」


政道は笑みを浮かべた。


「私もです。」


「若君のおかげで、鹿島はすっかり忙しくなりました。」


「海魚は霞ヶ浦へ。」


「米や味噌、醤は鹿島へ。」


「毎日のように船が往来しております。」


宍戸も苦笑した。


「困ったことに、忙しすぎまして。」


「人手が足りませぬ。」


政道も頷く。


「鹿島も同じです。」


「船頭も荷運びも職人も足りませぬ。」


「港は活気にあふれておりますが、人がおりません。」


氏治はしばらく考え込んだ。


やがて宍戸の家に掛けられた常陸の絵図へ歩み寄る。


「でしたら。」


「人を取り合うのはやめましょう。」


二人は顔を見合わせた。


「取り合わない?」


氏治は霞ヶ浦の南西を指差した。


「ここです。」


「小田にも近く、水運にも恵まれています。」


「土浦……。」


政道が呟く。


氏治は力強く頷いた。


「ここへ新しい町を造ります。」


「武士だけの町ではありません。」


「商人の町です。」


「誰でも商いができる町。」


「安心して船を着けられる港。」


「私は、ここを自由都市にしたいのです。」


座敷は静まり返った。


宍戸も政道も、幼い若君の口から飛び出した壮大な構想に息を呑む。


氏治は続けた。


「政道殿。」


「お願いがあります。」


「何なりと。」


「鹿島へ来る商人たちへ声をかけてください。」


「堺でも。」


「博多でも。」


「明の華人でも。」


「そして、海を渡って商う倭寇でも構いません。」


政道は慎重に尋ねる。


「倭寇には荒くれ者もおります。」


氏治は静かに頷いた。


「承知しています。」


「ですが、約束を守る者なら歓迎します。」


「小田の法に従い、人を害さず、正しく商う者には門戸を開きたいのです。」


「国を豊かにするのは、人です。」


「人が集まれば、知恵が集まります。」


「知恵が集まれば、国はもっと豊かになります。」


政道は深く息を吐いた。


「若君……。」


「港を造るのではなく、人の集まる国を造ろうとしておられるのですな。」


氏治は照れくさそうに笑った。


「まだ夢です。」


「でも、夢は誰かに話さなければ始まりません。」


政道は立ち上がり、深く頭を下げた。


「承知いたしました。」


「鹿島の船は、西国へも、海の向こうへも参ります。」


「若君の夢を伝えましょう。」


「常陸には、安心して商える新しい町が生まれる、と。」


秋の風が宍戸の庭を吹き抜ける。


その日、小さな農家の座敷で語られた夢は、やがて坂東の歴史を変える「自由都市・土浦」の第一歩となるのであった。

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