浜辺の立ち合い
潮風が松林を揺らし、波が静かに砂浜を洗う。
稽古を終えた門弟たちは道を開けるように左右へ並び、その中央へ一人の老人が歩み出た。
白髪を後ろで束ね、年老いてなお背筋は真っ直ぐ。
その眼光だけは、若者すら射抜く鋭さを宿していた。
老人は穏やかに一礼する。
「ようこそ、気比神道流へ。」
「わしはこの道場を預かる、富岡青洲と申す。」
佐野も深く頭を下げた。
「坂東小田家家臣、佐野昌綱にございます。」
空蝉も笑いながら頭を掻く。
「継光です。」
「……いや、先生の前じゃ昔の名のほうがいいか。」
富岡は目を細めた。
「継光。」
「四十余年ぶりか。」
「ずいぶん面構えが変わった。」
空蝉は照れ笑いを浮かべる。
「先生も相変わらずだ。」
「その口の悪さもな。」
門弟たちから笑いが起こる。
富岡も小さく笑った。
「生意気だけは昔のままだ。」
そう言うと、老人は佐野へ視線を移した。
「おぬしが神社の御神刀を託された男か。」
「はい。」
「継彦殿より拝領いたしました。」
富岡は静かに頷いた。
「ならば理屈より早い。」
老人は木刀を一本手に取り、空蝉へ放る。
「継光。」
「はい。」
「久しぶりに立て。」
空蝉は反射的に木刀を受け取る。
「え?」
「わしとですか。」
富岡は鼻で笑った。
「馬鹿者。」
「おぬしではない。」
老人はもう一本の木刀を佐野へ差し出した。
「佐野。」
「継光と立て。」
佐野は少し驚いた。
「私が……ですか。」
「そうだ。」
「理屈を並べるより、剣を交えた方が早い。」
空蝉は苦笑する。
「先生。」
「久しぶりに会って、いきなりこれですか。」
富岡は眉一つ動かさない。
「何年離れていようと、おぬしはわしの弟子だ。」
「師の言葉には従え。」
その一言で、空蝉の表情が変わった。
「……はっ。」
自然と背筋が伸びる。
旅を重ね、幽鬼斎とまで呼ばれた男が、少年のように素直に頭を下げた。
佐野はその姿に少し驚く。
空蝉がこれほど素直になる相手を見たことがなかった。
空蝉は木刀を握ると、砂浜の中央へ歩み出る。
「佐野。」
「手加減はするなよ。」
佐野も静かに歩み出る。
「承知いたしました。」
波が静かに寄せては返す。
足元は柔らかな砂。
踏み込めば沈み、体勢がわずかに狂う。
富岡は二人を見比べると、静かに頷いた。
「気比神道流の砂は、人を欺かぬ。」
「この浜で立てぬ者は、どこへ行っても立てぬ。」
老人は一歩下がり、力強く告げた。
「――始め。」




