故郷の夕餉
夕暮れの鐘が敦賀の町へ静かに響く頃、佐野と空蝉は気比神社へ戻ってきた。
社務所からは湯気と香ばしい魚の匂いが漂っている。
継彦は笑顔で二人を迎えた。
「兄上、お帰りなさい。」
「夕餉の支度が整っております。」
空蝉は少し照れくさそうに笑う。
「何十年ぶりだろうな。」
「家族と飯を食うなんざ。」
その言葉に継彦は静かに頷いた。
神職たちも席につき、食卓には敦賀港で揚がった魚、昆布の煮物、若狭の塩で味付けされた料理が並ぶ。
空蝉は焼き魚を口に運ぶと、目を細めた。
「……うめぇ。」
「やっぱり故郷の飯は違うな。」
継彦は嬉しそうに微笑む。
「兄上が好きだった味のままですよ。」
食事が進む中、継彦が尋ねた。
「今日は市中をご覧になって、いかがでしたか。」
佐野は箸を置き、静かに答えた。
「大変興味深いものを拝見いたしました。」
「刀屋を何軒か巡りましたが、どの店にも気比神社の御神刀によく似た造りの刀がございました。」
「反り、柄の長さ、重心。」
「いずれも居合を意識した造りです。」
神職たちは互いに顔を見合わせる。
佐野は続けた。
「店の主人へ尋ねますと、この一帯には気比神道流という流派があり、礼法と居合を重んじ、立ち合いを大切にする気風があると聞きました。」
「その求めに応えるため、この土地の刀鍛冶は皆、居合に適した刀を鍛えるようになった、と。」
継彦は感心したように頷いた。
「そこまでお調べになられましたか。」
空蝉は笑う。
「佐野は気になったら、とことん調べる男なんだ。」
継彦は嬉しそうに兄を見る。
「兄上も幼い頃から同じでした。」
「気になることがあると、一日中調べておられました。」
空蝉は苦笑した。
「親父によく怒鳴られたけどな。」
食卓に笑いが広がる。
やがて継彦は佐野へ向き直った。
「佐野殿。」
「それほど興味を持たれたのであれば。」
一呼吸置いて微笑む。
「明日、気比神道流の道場へご案内いたしましょう。」
佐野は思わず姿勢を正した。
「よろしいのですか。」
「もちろんです。」
継彦は静かに頷く。
「気比神道流は、この土地の武の礎。」
「兄上も幼い頃、幾度となく見学に通っておりました。」
空蝉は懐かしそうに笑う。
「先生方には随分かわいがってもらった。」
「叱られた回数も多かったがな。」
神職たちはまた笑い声を上げた。
継彦は盃を置き、穏やかな表情で言う。
「佐野殿ならば、きっとこの土地の武の心を理解してくださるでしょう。」
「明日は気比神道流の師範にもお会いいただきます。」
「兄上が四十余年ぶりに故郷へ戻られたことも、きっと喜ばれるはずです。」
佐野は静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「ぜひ、ご教授を賜りたく存じます。」
夕餉は夜更けまで続いた。
四十余年ぶりに家族と囲む食卓。
空蝉は杯を傾けながら、久しく忘れていた故郷の温もりを、静かに噛みしめていた。




