表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
367/1023

神宝の継承

社務所には穏やかな空気が流れていた。

兄弟の再会を祝う膳が並び、神職たちも久方ぶりに戻った継光を囲んで笑顔を浮かべている。

継彦は改めて兄を見つめた。

「兄上も四十八歳になられましたか。」

「私が五つの頃に家を出られましたから、もう四十年以上になります。」

継光は苦笑した。

「時が経つのは早えな。」

佐野は二人を見比べる。

瓜二つの兄弟だった。

眉も目元も、笑った時の口元もよく似ている。

だが印象はまるで違った。

神職として生きてきた継彦の顔は穏やかで若々しい。

一方、継光の顔には刀傷が幾筋も残り、長い旅路と幾度もの死線が刻んだ深い皺があった。

実際には五つしか違わぬ兄弟でありながら、継光は十年以上年長に見えるほど、歴戦の猛者の風格を漂わせていた。

継彦は少し寂しそうに笑う。

「兄上は苦労をなさいましたな。」

継光は肩をすくめた。

「戦ばかりしてりゃ、こうもなる。」

そう笑うと、不意に真顔になった。

「……継彦。」

「昔話の前に、一人紹介しておきたい奴がいる。」

継彦は姿勢を正した。

継光は隣に座る佐野へ手を向ける。

「佐野昌綱。」

「京で知り合った武士だ。」

「剣は天下一品、礼法も学問も申し分ねえ。」

「何より、人として信じられる男だ。」

佐野は静かに頭を下げた。

「佐野昌綱にございます。本日はこのような歓待を賜り、誠にありがとうございます。」

継光は頷くと、さらに言葉を続けた。

「実は今日は、この男のために帰ってきた理由もある。」

神職たちが顔を見合わせる。

「継彦。」

「気比に伝わるあの刀を覚えているな。」

継彦は少し驚いた。

「御神刀のことでございますか。」

「ああ。」

「俺は、あの刀を佐野に譲ってやってほしい。」

社務所の空気が静まり返る。

継彦は当代として慎重に問い返した。

「兄上……。」

「あの刀は、代々この社に伝わる神宝です。」

継光は静かに頷いた。

「だからこそだ。」

「この社に居合を使える者はいねえ。」

「刀の本当の価値を知る者も、もういねえ。」

神職たちは苦笑しながら頷くしかなかった。

継光は続ける。

「宝ってのは蔵で眠らせるためにあるんじゃねえ。」

「使い手を得てこそ、生きる。」

「佐野なら、この刀を生かせる。」

継彦はしばらく兄の顔を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。

「兄上のお言葉ならば、まず見ていただきましょう。」

「当代である私にも、その刀が佐野殿を選ぶかどうか、確かめたいと思います。」

やがて神職たちが、丁重に一つの桐箱を運び込んできた。

ゆっくりと蓋が開けられる。

中には、長い年月を経てもなお美しい一振りの刀が静かに納められていた。

反りは優雅で、柄元へ重心を寄せた独特の姿。

居合のために生まれたかのような気配を漂わせている。

佐野は息を呑み、静かにその刀を見つめた。

そして自らが持参した品々を前へ並べる。

南海からもたらした龍涎香。

珍香。

鼈甲細工。

象牙の工芸品。

社務所には再び静寂が訪れた。

気比神社が代々守り続けてきた神宝。

遠い南海から運ばれてきた、この国では容易に目にすることのできない珍品。

双方ともに、金銀では量れぬ価値を持つ品々である。

継彦はゆっくりと刀を見つめ、続いて佐野へ視線を向けた。

「兄上が四十余年の旅の果てに、この方へ託したいと願われた理由。」

「その答えを、私もこの目で見届けたいと思います。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ