神宝の継承
社務所には穏やかな空気が流れていた。
兄弟の再会を祝う膳が並び、神職たちも久方ぶりに戻った継光を囲んで笑顔を浮かべている。
継彦は改めて兄を見つめた。
「兄上も四十八歳になられましたか。」
「私が五つの頃に家を出られましたから、もう四十年以上になります。」
継光は苦笑した。
「時が経つのは早えな。」
佐野は二人を見比べる。
瓜二つの兄弟だった。
眉も目元も、笑った時の口元もよく似ている。
だが印象はまるで違った。
神職として生きてきた継彦の顔は穏やかで若々しい。
一方、継光の顔には刀傷が幾筋も残り、長い旅路と幾度もの死線が刻んだ深い皺があった。
実際には五つしか違わぬ兄弟でありながら、継光は十年以上年長に見えるほど、歴戦の猛者の風格を漂わせていた。
継彦は少し寂しそうに笑う。
「兄上は苦労をなさいましたな。」
継光は肩をすくめた。
「戦ばかりしてりゃ、こうもなる。」
そう笑うと、不意に真顔になった。
「……継彦。」
「昔話の前に、一人紹介しておきたい奴がいる。」
継彦は姿勢を正した。
継光は隣に座る佐野へ手を向ける。
「佐野昌綱。」
「京で知り合った武士だ。」
「剣は天下一品、礼法も学問も申し分ねえ。」
「何より、人として信じられる男だ。」
佐野は静かに頭を下げた。
「佐野昌綱にございます。本日はこのような歓待を賜り、誠にありがとうございます。」
継光は頷くと、さらに言葉を続けた。
「実は今日は、この男のために帰ってきた理由もある。」
神職たちが顔を見合わせる。
「継彦。」
「気比に伝わるあの刀を覚えているな。」
継彦は少し驚いた。
「御神刀のことでございますか。」
「ああ。」
「俺は、あの刀を佐野に譲ってやってほしい。」
社務所の空気が静まり返る。
継彦は当代として慎重に問い返した。
「兄上……。」
「あの刀は、代々この社に伝わる神宝です。」
継光は静かに頷いた。
「だからこそだ。」
「この社に居合を使える者はいねえ。」
「刀の本当の価値を知る者も、もういねえ。」
神職たちは苦笑しながら頷くしかなかった。
継光は続ける。
「宝ってのは蔵で眠らせるためにあるんじゃねえ。」
「使い手を得てこそ、生きる。」
「佐野なら、この刀を生かせる。」
継彦はしばらく兄の顔を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「兄上のお言葉ならば、まず見ていただきましょう。」
「当代である私にも、その刀が佐野殿を選ぶかどうか、確かめたいと思います。」
やがて神職たちが、丁重に一つの桐箱を運び込んできた。
ゆっくりと蓋が開けられる。
中には、長い年月を経てもなお美しい一振りの刀が静かに納められていた。
反りは優雅で、柄元へ重心を寄せた独特の姿。
居合のために生まれたかのような気配を漂わせている。
佐野は息を呑み、静かにその刀を見つめた。
そして自らが持参した品々を前へ並べる。
南海からもたらした龍涎香。
珍香。
鼈甲細工。
象牙の工芸品。
社務所には再び静寂が訪れた。
気比神社が代々守り続けてきた神宝。
遠い南海から運ばれてきた、この国では容易に目にすることのできない珍品。
双方ともに、金銀では量れぬ価値を持つ品々である。
継彦はゆっくりと刀を見つめ、続いて佐野へ視線を向けた。
「兄上が四十余年の旅の果てに、この方へ託したいと願われた理由。」
「その答えを、私もこの目で見届けたいと思います。」




