酒と宿題
翌日――。
佐野昌綱は非番であった。
御所へ詰める必要もなく、朝から剣友会へ足を運ぶ。
道場にはいつものように木刀を打ち合う音が響いていた。
しかし、この日の佐野は人と立ち合うことはほとんどなかった。
庭の隅で一人、静かに刀を抜いては納める。
踏み込みを変える。
腰の落とし方を変える。
呼吸を変える。
居合から二連、三連と斬撃を続けてみる。
あるいは一撃だけで止めてみる。
何度も、何度も試す。
だが、どれも違った。
「……違う。」
上泉が言う「一撃で道をこじ開ける剣」。
その姿だけは見える。
だが、どうすればそこへ至れるのかが分からない。
日が西へ傾く頃には、汗だけが増え、答えは一つも得られなかった。
夕刻。
佐野は信濃屋へ戻った。
戸を開けると、馴染みの女将が笑顔で迎える。
「お帰りなさいませ、佐野様。」
その奥から聞き慣れた声がした。
「おお、帰ったか。」
空蝉である。
既に徳利を前に胡座をかき、機嫌よく盃を傾けていた。
「今日は休みではなかったのか。」
佐野が尋ねると、空蝉は笑った。
「今日と明日は休みだ。」
「人間、休む時は休まねばならん。」
さらに徳利を持ち上げる。
「何事も中庸が肝要よ。」
「張り詰めた弦は、よく切れる。」
「剣も身体も同じことだ。」
そう言って豪快に酒をあおった。
佐野は苦笑しながら向かいへ腰を下ろす。
「実は……。」
珍しく言葉を選びながら口を開いた。
「上泉様より宿題を頂きました。」
空蝉は盃を置く。
「ほう。」
佐野は昨夜の出来事を静かに語った。
「一撃で敵陣を切り開く剣を見つけよ、と。」
「居合を試しました。」
「剣舞のように二撃、三撃と繋げても違いました。」
「一撃だけにしても、なお違う。」
「どうすればよいのか……分からぬのです。」
空蝉は黙って聞いていた。
やがて、ふっと笑う。
「なるほど。」
「面白い宿題をもらったものだ。」
そして盃を置くと、人差し指を立てた。
「よし。」
「明日、その宿題に付き合ってやろう。」
佐野は目を見開く。
「よろしいのですか。」
「休みだからな。」
空蝉は肩をすくめる。
「休みの日だからこそ、考えずに身体を動かせることもある。」
そう言うと、にやりと悪戯っぽく笑った。
「ただし、条件がある。」
「条件……ですか。」
「うむ。」
空蝉は空になった徳利を持ち上げ、女将の方へ振って見せた。
「とびきり上等な酒を奢れ。」
「それくらいの褒美がなければ、達人は動かんぞ。」
豪快に笑う空蝉につられ、女将まで吹き出した。
佐野も思わず笑みを浮かべる。
「承知しました。」
「ならば明日は、酒代以上の教えを頂かねばなりません。」
「言ったな。」
空蝉は愉快そうに盃を掲げた。
「では約束だ。」
「酒は上等なものを。」
「教えは、それ以上のものをな。」




