松永久秀の告白
五月。若葉が都を包み、御所にもようやく穏やかな風が吹き始めていた。
しかし、その静けさを破るように一人の来客が現れる。
「大和守松永久秀、公儀に拝謁を願いたい」
その名が伝えられるや否や、御所の空気は一変した。
「……松永だと?」
「御所襲撃の件で最も疑わしい男ではないか。」
「このまま捕らえるべきです!」
儀仗抜刀隊の面々も殺気立つ。
北畠具教は腕を組み、
「信用できぬ。」
とだけ言った。
水戸頼家も頷く。
「御所を襲った者どもの黒幕である可能性も捨てきれませぬ。」
そこへ佐野昌綱が静かに口を開いた。
「……通すべきでしょう。」
「佐野?」
義輝が目を向ける。
「もし本当に黒幕なら、自ら御所へ来る理由がありません。」
「……。」
「そしてあの男は、敵であるならもっと巧妙に立ち回ります。わざわざ疑われる場所へ来るのは、不利益が大きすぎます。」
少し考えた義輝はゆっくり頷いた。
「よい。会おう。」
やがて広間へ松永久秀が通される。
豪胆で知られる男だったが、その日の姿にはどこか疲れが見えた。
座につくと、久秀は深々と頭を下げた。
「将軍家に対し、弁解の余地もござらぬ。」
義輝も佐野も黙って見つめる。
「まずは御所襲撃の件……心よりお詫び申し上げる。」
深々と頭を下げたまま動かない。
誰も口を開かなかった。
やがて久秀は顔を上げる。
「佐野殿。」
突然名を呼ばれ、佐野は目を細めた。
「あなたは以前、『正直者になれ』と申された。」
「……ええ。」
「あの言葉を守ろうと思う。」
広間に静寂が落ちる。
久秀は腹を括ったように語り始めた。
「三好長慶様は……もはや重い病でございます。」
その一言に場がざわめく。
「病は日増しに重く、以前のように政を執れませぬ。」
義輝は表情を曇らせた。
長慶は宿敵ではある。
だが同時に畿内をまとめ上げた英雄でもあった。
「そのため家中では、もしもの時を見据えた動きが始まっております。」
久秀は苦々しく笑う。
「三好三人衆。」
「三好長逸。」
「三好政康。」
「岩成友通。」
「皆が功を競い、誰が三好家を握るかを争っております。」
「では丹波侵攻も……。」
義輝が問う。
「ええ。」
久秀は力なく頷いた。
「あれは一枚岩の軍ではございませぬ。」
「誰が一番戦功を立てるか。」
「誰が一番兵を率いているか。」
「誰が長慶様亡き後に主導権を握るか。」
「その競争でございます。」
「競争……。」
「命令系統など、もはや形だけ。」
「三好三人衆は互いに張り合い、将もそれぞれ勝手に功を焦る。」
「ゆえに統制が利かぬ。」
佐野はようやく理解した。
「だから御所襲撃のような暴走が起きた。」
「その通り。」
久秀は静かに頷く。
「私も止めようとはした。」
「だが止まらぬ。」
「功を焦る者たちは命令より先に動く。」
「……あれは誰の得にもならぬ愚行でございました。」
広間は再び静まり返る。
義輝はしばらく考え込み、やがて口を開いた。
「松永。」
「は。」
「そなたの言葉、すべてを信じるとは申さぬ。」
久秀は黙って頷く。
「だが、自らここへ来て非を認めたことは忘れぬ。」
「恐れ入ります。」
義輝は佐野へ目を向けた。
佐野も小さく頷く。
(嘘ではない。)
あの男は、少なくとも今この場では真実を語っている。
だが同時に佐野は思う。
(三好家は内部から崩れ始めている。)
長慶という大黒柱が倒れれば、畿内はさらに混迷する。
その時、織田信長が西へ進出してくる。
歴史の大きな歯車が、静かに、しかし確実に回り始めていた。




