将軍と学友
永禄七年二月。
一月の末より御所へ通い始めた佐野昌綱は、将軍足利義輝や近習たちの人柄を、おおよそ見定めるようになっていた。
不思議なことに、義輝とは初めて顔を合わせた時から妙に気が合った。
理由の一つは、互いのルーツにあった。
義輝は足利将軍家の嫡流であるが、その祖は下野国足利荘に興った足利氏である。
一方、昌綱もまた下野国佐野の武士。
同じ下野の空気を知る者同士という親近感が、自然と二人の距離を縮めていた。
「昌綱、下野の冬は京よりなお厳しかろう。」
「ええ。しかし雪解けの山々は見事なものにございます。」
そんな何気ない郷里の話から始まり、気付けば話題は尽きることがなかった。
稽古を終えれば、囲碁を打つ。
茶を点て、和歌を詠み、漢籍を開く。
源平の興亡、鎌倉幕府、南北朝、歴代将軍の治世、さらには古今の兵法まで、夜更けを忘れて語り合うことも珍しくなかった。
義輝は剣豪であると同時に、学問を心から愛する人物でもあった。
新しい知識を聞けば目を輝かせ、相手の身分に関わらず耳を傾ける。
昌綱が坂東の歴史や兵学館で学んだことを話せば、義輝は子どものように身を乗り出して聞き入った。
「その考えは面白い。もっと聞かせてくれ。」
その言葉に偽りはない。
昌綱もまた、将軍という威厳を忘れ、一人の学友と語り合っているような心地であった。
兵学館で朝綱や朝基、館林らと机を囲み、未来を語り合った日々。
義輝と過ごす時間は、その頃を思い起こさせるかのような穏やかな時間であった。
一方で、昌綱は近習たちの姿も冷静に見ていた。
一色藤長は誠実に幕府を支える忠臣。
細川藤孝は文武に秀でた若き知将。
いずれも義輝を支えるに足る優れた人物であり、その忠義にも疑いはない。
しかし彼らに共通していたのは、なお室町幕府の再興を信じていることであった。
足利義満の頃のように、公武が将軍のもとへ集う天下。
義輝もまた、その理想を胸に抱いていた。
昌綱はその志を尊いと思う。
だが同時に、三好や織田が実力で天下を動かすこの乱世においては、理想だけでは時代を変えられないことも理解していた。
「人は皆、立派だ。しかし、時代があまりにも悪い。」
そう思わずにはいられなかった。
それでも御所へ向かう足取りは日ごとに軽くなる。
幕府との縁を結ぶためではない。
将軍に仕えるためだけでもない。
友に会いに行く。
いつしか昌綱にとって御所とは、乱世のしがらみを忘れ、一人の学友と語らうことのできる、かけがえのない場所となっていた。




