剣豪将軍と剣友
義輝は一色藤長へ静かに頷いた。
「藤長。」
「はっ。」
「あの者を。」
「余のそばへ。」
一色は佐野へ歩み寄り、穏やかに声を掛ける。
「佐野殿。」
「将軍家より、お言葉にございます。」
佐野は膝をつき、頭を下げた。
義輝は自ら佐野の前まで歩み寄る。
「佐野昌綱。」
「そなたの剣、実に見事であった。」
「余は、そなたを気に入った。」
御所にいた者たちがどよめく。
将軍自ら、そこまで言葉を掛けることは稀であった。
義輝は続ける。
「仕官いたさぬか。」
「余の近くにおってほしい。」
突然のことに、佐野はわずかに目を見開いた。
氏治の命は「義輝へ近づけ」。
まさか義輝の方から望まれるとは思ってもみなかった。
しかし、その驚きは一瞬だった。
佐野は姿勢を正し、深々と頭を下げる。
「身に余るお言葉。」
「喜んで、お受けいたします。」
義輝は嬉しそうに笑った。
「うむ。」
「とは申せ、そなたを四六時中縛り付けるつもりはない。」
「余が望むのは、家臣というより剣友よ。」
佐野は静かに顔を上げた。
義輝は続ける。
「剣術指南役として、ときおり御所へ参ってくれ。」
「余の稽古相手となり、剣について語り合いたい。」
「それだけではない。」
義輝は柔らかな笑みを浮かべる。
「政や世の移ろいについても、そなたと話してみたい。」
「余の話し相手になってくれぬか。」
佐野はその言葉に、再び深く一礼した。
「畏れ多いことにございます。」
「微力ながら、この佐野昌綱、お力添えいたします。」
義輝は満足そうに頷いた。
「よい。」
「これからは遠慮なく御所へ参れ。」
「剣も、世のことも、共に語ろう。」
その日、佐野昌綱は将軍・足利義輝の剣術指南役であり、剣友、そして語らいの相手として御所へ出入りすることとなった。
その縁は、やがて京の政局にも少しずつ影響を及ぼしていくのである。




