剣友、正月明けの集い
正月も半ばを過ぎた頃。
佐野昌綱は久方ぶりに、上泉伊勢守の道場を訪れていた。
戸を開けると、木剣の打ち合う乾いた音が響く。
「おお、佐野殿!」
真っ先に声を掛けたのは吉田兼成だった。
その隣では弟の兼盛も笑みを浮かべる。
「ようやくお会いできましたな。」
佐野は苦笑した。
「京は正月でも忙しいものです。」
兼成は豪快に笑う。
「違いない。」
「我らもようやく正月というところです。」
兼盛も肩をすくめた。
「神職は年末から正月にかけてが一番忙しい。」
「皆が休んでいる時こそ、我らは働き詰めです。」
「今になってようやく餅を食べ、酒を飲めました。」
道場中が笑いに包まれる。
佐野も思わず笑みを浮かべた。
「それは大変でしたな。」
しばらく稽古を眺めていた上泉伊勢守が、静かに皆を集めた。
「さて。」
一同が姿勢を正す。
上泉は穏やかな表情で口を開いた。
「今月末、将軍家にて恒例の稽古が催される。」
その一言で、道場の空気が少し引き締まる。
「足利義輝公御自らがご覧になり、剣を交えられる稽古だ。」
吉田兄弟は顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。
「今年も始まりますな。」
「将軍様のお相手が務まる者など、そうはおりません。」
上泉も小さく頷く。
「腕を磨くにはこれ以上ない場だ。」
そして佐野へ視線を向けた。
「佐野。」
「そなたも参るがよい。」
佐野は一瞬驚いたものの、すぐに膝をついて頭を下げた。
「よろしいのでしょうか。」
「もちろんだ。」
上泉は穏やかに笑う。
「天覧試合での働きは、将軍家にも伝わっておる。」
「一度、義輝公に会ってみるがよい。」
その言葉に佐野の胸は高鳴った。
氏治から託された密命。
――将軍・足利義輝へ近づけ。
その機会が、自ら歩いてきたのである。
だが、その胸中は悟らせない。
佐野は静かに一礼した。
「ありがたく、お供いたします。」
「よし。」
上泉は満足そうに頷いた。
「では、それまで腕を鈍らせぬよう励め。」
「はっ。」
道場には再び木剣の音が響き始める。
吉田兄弟は「今年は誰が将軍様のお相手になるか」と笑い合い、門弟たちも口々に語り合っていた。
その輪の中で、佐野もまた自然に笑みを浮かべる。
今はただ、一人の剣士として。
そして月の終わりには、剣豪将軍・足利義輝との出会いが待っていた。




