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冬の奈良、友との別れ

東大寺の大仏殿を後にし、佐野昌綱と新田政景は奈良口へ続く道を並んで歩いていた。

冬の空は高く澄み、遠くには新たに築かれた奈良口の砦が見える。

あの襲撃から三か月。

大和は静けさを取り戻していた。

やがて、高僧たちが待つ一行の前で、新田は足を止める。

「では、佐野殿。私はここまでです。」

「堺より船で坂東へ戻ります。」

佐野は深く頷いた。

「長い道中、ご苦労でした。」

「政景殿のおかげで、大和との縁も一層深まりました。」

新田は静かに笑う。

「私一人の力ではありませぬ。」

「皆が命懸けで道を切り開いたからこそでございます。」

そう言うと、新田は懐から小さな木彫りを取り出した。

一匹の蝉。

掌に収まるほどの大きさで、羽の筋まで細やかに彫られている。

「これを。」

佐野は驚きながら受け取った。

「見事な出来です。」

「どなたの作ですか。」

「私です。」

新田は少し照れたように笑った。

「会津の背炙り山で潜伏していた折、暇つぶしに木を削り始めましてな。」

「標が退屈そうにしておりましたので、鳥や獣を彫って遊ばせておりました。」

「そのうち腕も少しは上がりまして。」

新田は蝉を見つめる。

「最後に作ったのが、この蝉です。」

「空蝉殿を思い浮かべながら削りました。」

「姿は見えずとも、いつの間にか近くにいる。」

「まるで蝉のようなお方ですから。」

佐野は木彫りを見つめ、小さく笑った。

「なるほど。」

「実によく似ております。」

しばし二人は笑い合う。

その笑みが落ち着いた頃、新田はふと思い出したように口を開いた。

「そうそう。」

「坂東で一つ、面白い噂を耳にいたしました。」

「噂、ですか。」

「氏治様が、兵学館の教本を改められるそうです。」

佐野の表情が引き締まる。

「教本を。」

「ええ。」

新田は頷いた。

「会津の戦を経て、戦の教えだけでは足りぬと。」

「礼法、公家の故実、外交、交易、国の治め方まで加え、兵を育てるだけでなく、人を導く者を育てる教本になさるとか。」

佐野は静かに目を細めた。

「……氏治様らしい。」

「まだ噂に過ぎませぬが。」

新田は笑う。

「正月には師範方を集めるとも聞きました。」

「その折には、佐野殿にも声が掛かるやもしれませぬ。」

佐野は懐へ蝉の木彫りを納めた。

「その時は、喜んで馳せ参じます。」

「兵学館は、私の学び舎でもありますから。」

新田は満足そうに頷いた。

「そうお答えになると思っておりました。」

二人は向き合う。

戦場では幾度も背中を預け合った友。

言葉は多く要らない。

新田は右手を差し出した。

「佐野殿。」

「京を、お願いいたします。」

佐野も力強くその手を握る。

「政景殿こそ。」

「坂東を、お頼み申します。」

固く交わされた握手には、互いへの信頼が込められていた。

やがて新田は高僧たちを伴い、堺への道を歩み始める。

冬の陽を背に受け、その姿は少しずつ小さくなっていく。

佐野はその背が見えなくなるまで見送り、懐の蝉へそっと手を添えた。

「……また会いましょう、政景殿。」

そう呟くと、佐野は一人、東大寺への坂道をゆっくりと歩き出した。

友は東へ。

自らは西へ。

しかし二人の目指す先は、ただ一つ――小田氏治が描く、新しい世であった。

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