信貴山城の茶席
宗及に導かれた佐野は、幾重にも折れ曲がる廊下を静かに歩いた。
武家の城でありながら、どこか寺院を思わせる静けさが漂う。
やがて一枚の障子の前で宗及が足を止めた。
「長慶様。佐野昌綱殿をお連れいたしました。」
中から落ち着いた声が返る。
「入られよ。」
宗及が障子を静かに開けた。
佐野は一礼し、茶室へ入る。
畳の正面には、一人の壮年武将が端然と座していた。
三好長慶。
威圧するような気配はない。
しかし、その場に座るだけで茶室の空気を支配するような風格があった。
その右手には、細身の男が口元に笑みを浮かべて座っている。
松永久秀。
やはり空蝉の知らせどおりであった。
佐野は二人へ深く頭を下げる。
「小田家臣、佐野昌綱にございます。本日はお目通りの栄を賜り、恐悦至極に存じます。」
長慶も穏やかに会釈した。
「遠路、ご苦労であった。」
久秀は口元を緩める。
「ようこそ敵地へ。」
その言葉にも棘はなく、冗談とも本気ともつかない響きだった。
宗及は静かに炉へ湯をかけ、茶を点て始める。
茶筅の音だけが茶室へ響く。
やがて一碗目が久秀の前へ置かれた。
久秀はためらいなく茶碗を手に取る。
一口。
もう一口。
満足そうに息をついた。
「……うまい。」
そして真顔のまま言った。
「実によい毒ですな。」
茶室が静まり返る。
宗及は眉一つ動かさない。
長慶は目を閉じ、小さく息を吐いた。
佐野もまた表情を変えなかった。
誰も笑わない。
しばらく沈黙が流れる。
久秀は首をかしげた。
「おや。」
「また滑りましたかな。」
長慶は苦笑した。
「弾正、お前の冗談は昔から人を選ぶ。」
宗及も静かに続ける。
「私も商人でございます。毒など入れましたら、明日から誰も茶を飲んではくださいますまい。」
そこでようやく、茶室にわずかな笑みが戻った。
宗及は次の茶を佐野へ差し出す。
佐野は一礼し、静かに口をつける。
香り高く、雑味のない一服だった。
「結構なお点前にございます。」
宗及は満足そうにうなずいた。
長慶は茶碗を置き、佐野へ視線を向ける。
「さて。」
「今日は互いに腹の内を探り合うために呼んだわけではない。」
その言葉を聞いた久秀が、すかさず口を挟む。
「長慶様。」
「そのように構えておられては、佐野殿も話しにくうございましょう。」
久秀は宗及へ目を向ける。
「宗及殿も。」
「敵中へ茶を飲みに来られたお方です。」
「その覚悟には、こちらも腹を割って応えるのが礼というもの。」
長慶は黙って久秀を見る。
久秀は肩をすくめ、笑みを深めた。
「もっとも……。」
「佐野殿に殺意がおありでしたら。」
長慶をちらりと見て、
「長慶様は、今ごろ細切れになっておいででしょうが。」
「あはは。」
またも茶室は静まり返る。
宗及は額に手を当て、小さくため息をついた。
佐野だけは真顔のまま久秀を見つめている。
やがて長慶が笑みを浮かべた。
「……よい。」
「弾正の申すとおりだ。」
長慶は佐野へ向き直る。
「今日は腹を割って話そう。」
その一言で、茶席は探り合いの場から、本音を語る会談へと姿を変えた。




