出浦の推理
出浦は静かに茶碗を置いた。
しばらく考え込んだのち、佐野を真っ直ぐ見つめる。
「左衛門尉殿。」
「私なりの見立てを申し上げます。」
佐野は黙って頷いた。
「一連の暗殺は、明確に近衛前久殿を狙ったものと考えております。」
「興福寺での警護は近衛殿を中心に組まれておりました。」
「敵もそれを承知の上で仕掛けております。」
「ですが。」
出浦は一息置く。
「近衛殿が討たれれば、面子を潰されるのは近衛家だけではございません。」
「祭の警護を引き受けた小田家も同じです。」
「氏治様は天下へ向けて坂東の力を示す絶好の機会を失い、護衛を任せたという信用にも傷が付きます。」
佐野は静かに腕を組んだ。
「つまり、近衛殿を討つことは、小田家を討つことにも繋がる。」
「そのとおりです。」
出浦は頷いた。
「そして氏治様にも、恨みを抱く者は少なくありませぬ。」
「佐竹。」
「蘆名。」
「……武田。」
そう口にしたあと、出浦は苦く笑った。
「もっとも。」
「武田は旧臣のほとんどが氏治様に召し抱えられ、厚遇されております。」
「恨む者は、まずおりますまい。」
乾いた笑いが漏れる。
しかし。
佐野は笑わなかった。
出浦はその表情に気付き、姿勢を正す。
「……失礼いたしました。」
佐野は静かに首を振る。
「人を初めから除外してはならぬ。」
「恩に報いる者もいれば、過去を捨てられぬ者もいる。」
「見聞方は願いではなく、事実を見るべきだ。」
出浦は深く頭を下げた。
「ごもっともです。」
そして再び口を開く。
「でしたらば、佐竹を見てみましょう。」
佐野は黙って耳を傾ける。
「佐竹には分家が多くございます。」
「常陸を追われ、氏治様へ従った者もおります。」
「しかし、その一方で在地に残り、なお佐竹の再興を願う者もいるでしょう。」
「さらに会津では、一族や重臣の多くが討たれました。」
「家そのものは滅びずとも、復讐だけを胸に生きる者がいても不思議ではありませぬ。」
佐野は静かに頷いた。
「蘆名も同じか。」
「はい。」
「蘆名も当主こそ討たれましたが、分家の行方までは誰も把握しておりません。」
「在地へ潜んだ者。」
「奥州へ逃れた近親の者。」
「そうした者が恨みを抱き、浪人や傭兵を集めることは十分考えられます。」
佐野は問い返した。
「織田はどう見る。」
出浦は迷わず答えた。
「可能性は低いと考えます。」
「今の織田は、近衛殿と小田家を利用しております。」
「近衛殿という朝廷との窓口。」
「氏治様という坂東の有力者。」
「その二者がいるからこそ、安心して戦の矛先を美濃――稲葉山へ向けられる。」
「ここで近衛殿や氏治様を討てば、その均衡は崩れます。」
「織田にとって利益より損失の方が大きい。」
「ゆえに、この時点で織田が自ら仕掛けた可能性は小さいでしょう。」
部屋は静まり返った。
佐野はゆっくりと息を吐く。
「つまり……。」
出浦は静かに頷いた。
「敵は一人ではないのかもしれません。」
「近衛殿を憎む者。」
「氏治様へ恨みを抱く者。」
「宗及殿を妬む者。」
「それぞれの思惑が一致し、一時だけ手を結んだ。」
佐野は静かに目を閉じた。
「黒幕を一人探すより。」
「それぞれの恨みを追った方が早いかもしれぬな。」
出浦は微笑んだ。
「そのとおりでございます。」
「この事件は、一つの旗の下で起きたのではなく、同じ利益のために集まった者たちが、それぞれの理由で剣を抜いた。」
「私は、そのように見ております。」




