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近衛邸の客

京。

近衛前久の屋敷。

叙任を終えた佐野昌綱――いや、左衛門尉佐野昌綱は、改めて前久に招かれていた。

座敷へ通されると、一人の男がすでに腰を下ろしている。

痩身。

鋭い眼。

静かに笑みを浮かべるその男を見た瞬間、佐野は思わず膝に置いた手へ力を込めた。

「……松永弾正殿。」

男は軽く笑う。

「初めましてかな、左衛門尉殿。」

「いや、もう名は聞いておる。」

近衛前久が口を開く。

「双方、警戒は無用だ。」

「今日ここへ招いたのは私だ。」

松永久秀は扇子を閉じると、佐野を見据えた。

「さて、本題に入ろう。」

「興福寺の一件。」

「左衛門尉殿は、どう見ておる。」

佐野は表情を変えない。

「お答えする義理はございませぬ。」

久秀は愉快そうに笑った。

「実にもっとも。」

「だが、私が今日ここへ来た理由は一つ。」

「普通なら、皆――。」

そこで自らの胸を扇子で軽く叩く。

「やり口から私が一番怪しいと思うからだ。」

座が静まり返る。

「陽動。」

「傭兵。」

「暗殺。」

「口封じの自害。」

「どれも私が好むと、世間では言われておる。」

久秀は肩をすくめた。

「だからこそ、放っておけば疑いは私へ向く。」

「それは私としても面白くない。」

佐野は静かに問う。

「では、弾正殿は無関係と。」

久秀は笑みを消した。

「無関係とは言わぬ。」

「京や大和で事が起これば、私も無縁ではおれぬ。」

「しかし――。」

「あれは私の仕事ではない。」

近衛前久は黙って二人を見比べる。

久秀は続けた。

「私なら、もっと綺麗にやる。」

「そして何より、自分が疑われるような証は残さぬ。」

その言葉には、不思議な説得力があった。

佐野はなお警戒を解かない。

「それを信じよと。」

「信じる必要はない。」

久秀は即座に答えた。

「ただ、私を疑うのなら、私の話も聞くべきだ。」

「それが策というものだ。」

座敷には再び静寂が訪れる。

近衛前久は静かに茶を口へ運びながら言った。

「今日は、そのための席だ。」

「互いに腹を探り合うのではない。」

「興福寺で何が起きたのか、その真相へ一歩でも近づくための席である。」

佐野は松永久秀から目を離さない。

一方の久秀も、佐野の眼差しを楽しむように微笑んでいた。

二人は初めて相対した。

しかしこの日、互いに理解したことが一つだけあった。

目の前の相手は、決して侮れる人物ではない。

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