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東大寺の朝

興福寺の襲撃から数日。

奈良の町はようやく落ち着きを取り戻し始めていた。

氏治は順慶の前へ進み、一礼する。

「大祭も終わり、奈良の守りも整いました。」

「私は坂東へ戻ります。」

順慶は深く頭を下げた。

「このたびのご助力、誠にありがとうございました。」

氏治は穏やかに微笑む。

「礼には及びませぬ。」

「交易はこれからが始まりです。」

その後ろには、迎えに訪れた真壁幹久の姿があった。

「殿、お迎えに参りました。」

「ご苦労。」

氏治は頷くと、新田政景へ向き直る。

「新田。」

「はっ。」

「しばらく大和へ残れ。」

「順慶殿の警護を頼む。」

新田は迷わず膝をついた。

「承知いたしました。」

「興福寺の件、まだ終わったとは思っておりませぬ。」

順慶も深く礼をする。

「心強い限りです。」

氏治は真壁とともに坂東への帰路につく。

一方、新田はなお奈良へ残ることとなった。

その日の午後。

東大寺。

佐野昌綱は大仏殿近くで、新田を待っていた。

そこへ新田が姿を現す。

「待たせたな。」

佐野は静かに首を振る。

「いや。」

「少し、話がしたかった。」

「興福寺の件も含めてな。」

新田は頷く。

「私も同じだ。」

二人は並んで東大寺の門前へ向かう。

すると門前の石畳に、一人の老人が大の字になって寝転んでいた。

笠を顔にかぶり、まるで昼寝でもしているようである。

新田はその姿を見るなり、立ち止まった。

そして静かに一礼する。

「空蝉殿。」

老人は返事をしない。

新田は苦笑しながら近寄ると、その手を取ってゆっくりと引き起こした。

「佐野が待っています。」

空蝉はゆっくりと身を起こし、空を見上げる。

「……もう昼か。」

「昼を過ぎています。」

「そうか。」

空蝉は衣の埃を払うと、佐野のいる方角へ顔を向けた。

見えてはいない。

それでも迷いなく歩き出す。

新田はその一歩後ろを歩き、さりげなく人波を避ける。

やがて佐野の前まで来ると、新田は一歩下がった。

佐野は深く礼をした。

「空蝉殿。」

空蝉もまた静かに頭を下げる。

東大寺の鐘が、ゆっくりと奈良の空へ響いていた。

三人はその鐘の音を聞きながら、興福寺襲撃の真相、そして西へ続く見えない糸について語り始めるのだった。

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