刀が語る偽り
襲撃の夜は、片付けと警らに費やされた。
興福寺の石畳に残った血を洗い、倒れた屋台を起こし、散乱した笛や太鼓、旅道具を一つずつ集めていく。
暗殺者の亡骸は筒井衆が改め、押収した武具は寺の一室へ運び込まれた。
北畠具教は儀仗抜刀隊を率いて奈良の市中を巡り、内藤昌豊、馬場信春、真田昌幸も見廻衆を分け、街道筋や旅籠、寺社の裏手まで警らした。
第二の襲撃はなかった。
それでも誰一人、夜明けまで気を緩めなかった。
翌朝。
興福寺の一室には、暗殺者たちが所持していた武具が並べられていた。
刀、脇差、短刀、陣笠、籠手、旅装束。
どれも一見すれば、長旅を続ける武芸者や傭兵が持っていても不自然ではない。
空蝉は、そのうちの一振りを手に取った。
白く濁った目を細め、朧げに浮かぶ刀身の輪郭を追う。
さらに刃を傾け、窓から射し込む朝日へかざした。
「波紋が違うな」
佐野昌綱が隣へ寄る。
「見えるのか」
「はっきりとは見えぬ。だが、光の揺らぎくらいなら分かる」
空蝉は刀身へ顔を近づけた。
「この焼き。東のものではない。西方で打たれた刀だろう」
今度は柄を握り、ゆっくりと手首を返す。
柄巻きの癖、鍔の厚み、刃の反り。
指先で一つずつ確かめていった。
「柄の仕立ても西寄りだ。とりわけ九州に近い」
順慶が眉を寄せた。
「九州の刀と分かるものなのか」
空蝉は答えず、柄頭を軽く押した。
わずかに音が鳴った。
かすかな緩みがある。
「九州の武者には、刀を斬り込むというより、叩きつけるように使う者が多い」
空蝉は刀を構え、振り下ろす仕草を見せた。
「甲冑ごと砕くつもりで打ち込む。ゆえに使い込まれた刀には、柄や目釘に独特の緩みが出る」
馬場信春が刀を受け取り、柄を強く握った。
「なるほど。芯がわずかに動く」
内藤昌豊も別の刀を手に取る。
「こちらにも同じ緩みがある。刃こぼれの形も、幾度も強く叩きつけた跡に見えるな」
真田昌幸は並べられた武具を見渡した。
「では、やはり九州の者でしょうか」
「いや」
空蝉は即座に否定した。
一同の視線が集まる。
空蝉は昨日の戦いを思い返すように、静かに腰を落とした。
「やつらの構えと、この刀の癖が合わぬ」
「どういうことだ」
新田政景が問う。
「あの暗殺者どもは、刀を短く持っていた。刃を隠し、懐へ入り、急所を一息に狙う構えだ」
空蝉は刀を身体へ引き寄せ、切っ先を前へ向けた。
「狙うのは喉、脇、腹。大振りをせず、人を殺すためだけに刃を使う」
次いで、刀を大きく振りかぶる。
「だが、この刀を長く使った者は違う。間合いを取って振りかぶり、鎧の上から叩き伏せる剣だ」
佐野も昨夜の戦いを思い返した。
「確かに、襲撃者たちは刀を振り上げなかった。混雑した門前で互いの邪魔にならぬよう、小さく速く斬っていた」
「そうだ」
空蝉は刀を畳へ置いた。
「刀は使い込まれている。何年も戦場で振るわれたものだろう」
「だが、昨夜の者たちが使い込んだ刀ではない」
室内が静まり返った。
順慶が低く問う。
「では、何者かが西国の古い武具を集め、暗殺者へ持たせたと?」
内藤が腕を組む。
「金さえあれば、戦場帰りの浪人や商人から刀を買い集めることはできる」
馬場も頷いた。
「しかも、よく使い込まれた品ばかりを選べば、持ち主まで西国の武者に見える」
真田は刀の列を見据えた。
「我らに西を疑わせるため、あえて揃えた可能性があるということですな」
空蝉は首を横へ振った。
「そこまでは分からぬ」
「本当に西から来た者が、現地で集めた兵へ刀だけを渡したのかもしれぬ。あるいは西へ疑いを向けるための偽装かもしれぬ」
氏治は、黙って聞いていた。
やがて一振りの刀を持ち上げると、その重みを確かめる。
「分かったのは、これが西方で作られ、西方の戦場で使われた刀らしいということだけだ」
「持っていた暗殺者が西の者だったとは限らぬ」
佐野が続ける。
「まして、雇い主が西の大名である証拠にはならない」
「むしろ不自然だ」
真田が呟いた。
「暗殺者の技と刀が合わぬことまで見抜かれるとは、雇い主も考えなかったのでしょう」
空蝉は薄く笑った。
「刀は人ほど上手に嘘をつけぬ」
その言葉に、誰も答えなかった。
昨夜、興福寺を襲った者たちは全員が死んだ。
郡山を襲った雇われ兵も、金を受け取った相手の名を知らない。
そして残された武具は、西を指し示しながら、同時に西を疑うことの危うさを語っている。
氏治は刀を元の場所へ戻した。
「西は調べる」
「だが、西と決めつけてはならぬ」
「敵が我らの目を西へ向けたいのなら、その間に別の方角から動くはずだ」
内藤、馬場、真田がそろって頭を下げる。
氏治は三人へ命じた。
「引き続き警らに当たれ。旅籠、街道、荷駄、出入りした一座を調べよ。ただし西国者というだけで捕らえてはならぬ」
「承知」
「北畠率いる抜刀隊も市中の警らを続ける。筒井衆と持ち場を分け、奈良に残る者を洗え」
部屋の外では、朝の鐘が鳴り始めていた。
一か月の祭りは終わった。
近衛前久を餌にした策は、暗殺者を引きずり出したという意味では成功した。
しかし釣り上げたのは、名も素性も捨てた者たちばかりである。
その糸を手繰った先に誰がいるのか。
西なのか。
京なのか。
あるいは、最初から目の届く場所にいるのか。
答えはまだ、刀の曇った刃の向こうに隠れていた。




