亀山城の密談
伊勢神宮での参拝を終えた一行は、その日のうちに亀山城へ入った。
北畠教具は城主へ事情を説明し、一行は城内で一夜の宿を得る。
日が暮れる頃、佐野昌綱のもとへ使者が訪れた。
「近衛様がお呼びでございます。」
佐野は身支度を整え、近衛前久の居室へ向かった。
襖が静かに閉じられる。
室内には前久だけがいた。
「佐野殿、楽にされよ。」
佐野が一礼すると、前久は静かに口を開いた。
「実は、この旅に出る前、そなたを試すつもりであった。」
佐野は黙って耳を傾ける。
「天覧試合で見た剣が真に護衛に値するものか、この目で確かめようと思っていたのだ。」
前久は苦笑した。
「だが、その考えは伊勢で改まった。」
「あの刺客たちは本気で余を討ちに来た。」
「もはや試すなどという段ではない。」
佐野は静かに答えた。
「では、急ぎ京へお戻りになるお考えでしょうか。」
しかし前久は首を横に振った。
「逆だ。」
「京へ戻れば、敵は姿を隠す。」
「それでは黒幕は見えぬままだ。」
前久は立ち上がり、壁に掛けられた地図の北陸道を指差した。
「余は、このまま気比神宮まで参る。」
佐野は目を見開いた。
「気比神宮まで……。」
「敵は余を狙っている。」
「ならば余が餌となろう。」
「暗殺者どもを引き寄せ、この旅のうちに決着をつけたい。」
部屋に静寂が流れた。
それは公家とは思えぬ、大胆な策であった。
佐野はしばらく考え込む。
「危険にございます。」
前久は静かに頷いた。
「承知の上だ。」
そして座り直すと、深く頭を下げた。
「佐野昌綱殿。」
「この先の命、そなたに預けたい。」
「どうか余を守り抜いていただきたい。」
公家の頂点に立つ近衛家当主が、一介の武士へ深々と頭を下げる。
佐野は驚き、慌てて膝を進めた。
「おやめください。」
「そのようなお姿を見せられては、拙者の立つ瀬がございませぬ。」
前久はゆっくり顔を上げる。
佐野は真っ直ぐその目を見据えた。
「承知いたしました。」
「必ずや近衛様をお守りし、この旅のうちに敵の企みを打ち砕いてご覧に入れます。」
前久は静かに微笑んだ。
「頼もしい。」
こうして亀山城において、新たな方針が定まった。
一行は京へ引き返すことなく、さらに北を目指す。
敵を誘い出し、この旅の果てで決着をつけるために。




