神域の凶刃
堺を発った一行は、穏やかな海を越えて伊勢の港へ到着した。
北畠教具の手配は行き届いており、港では北畠ゆかりの者たちが一行を迎えた。
そこから伊勢神宮までは陸路を進む。
儀仗抜刀隊百五十名は隊列を崩すことなく進み、その威容に道行く人々は皆足を止めた。
やがて一行は伊勢神宮へ到着した。
広大な神域は一日で参り尽くせるものではなく、まずは宿坊へ入り、一夜を明かすこととなった。
翌朝。
澄み渡る空の下、近衛前久は正装に身を包み、朝廷より託された進物を携えて神前へ進んだ。
佐野昌綱らは一定の距離を保ちながら護衛に当たる。
神職たちの厳かな祝詞が響く中、前久は静かに玉串を捧げ、朝廷の安寧と天下泰平を祈願した。
儀式は滞りなく終わった。
宿坊へ戻る途中、近衛前久がふっと息をつく。
「少々歩き疲れたな。」
佐野がすぐに応じた。
「お休みになりますか。」
前久は穏やかに笑う。
「せっかく伊勢まで参ったのだ。人払いされた静かな神域も見てみたい。」
「大勢ではかえって目立つ。護衛は少人数でよい。」
佐野は一瞬考えたが、頷いた。
「承知いたしました。」
儀仗抜刀隊には宿坊周辺の警備を命じ、自らは水戸頼家ら数名のみを伴って近衛の後に従った。
深い森の中。
玉砂利を踏む音だけが静かに響く。
その時だった。
木立の奥で、わずかに枝が鳴った。
佐野の目が細くなる。
「……止まってください。」
近衛前久が足を止めた、その瞬間。
黒装束の男が木陰から音もなく躍り出た。
狙いは一直線に近衛前久。
しかし、その刃が届くことはなかった。
佐野の体が風のように動く。
一閃。
鈍い音とともに刺客は崩れ落ちる。
悲鳴も上げる暇はなかった。
続いて二人、三人。
木々の間から現れた影も、佐野は一人ずつ確実に斬り伏せていく。
神域を騒がせぬよう、声一つ上げさせず、短く鋭い太刀筋だけで勝負を決めた。
水戸頼家も残る一人を組み伏せたが、その男は奥歯に隠していた毒を噛み、自ら命を絶った。
静寂が戻る。
近衛前久はしばらく倒れた刺客を見つめ、やがて静かに言った。
「……佐野殿。」
「は。」
「天覧試合で見た剣は、まぐれではなかったようだ。」
佐野は刀を納め、深く頭を下げる。
「護衛が務めにございます。」
近衛前久は静かに頷いた。
その表情には、護衛を試すような色は、もはや残っていなかった。




