近衛前久、伊勢へ
数日後、宮中より正式な達しが下った。
佐野昌綱に命ぜられた護衛の任は、やはり近衛前久であった。
天覧試合の折、自ら佐野らの働きを見届けた前久は、この伊勢参向の護衛をぜひとも彼らに任せたいと望み、朝廷もこれを認めたのである。
達しを受けた佐野は静かに頭を垂れた。
「謹んで御役目、お受けいたします。」
北畠教具、柳生宗厳、吉田兄弟もそれぞれ役目に就き、護衛の最終評定が開かれた。
そこで北畠教具は意外な策を口にする。
「隠れる必要はありません。」
座敷にいた者たちが教具へ目を向けた。
「むしろ逆です。」
「護衛であることを隠さず、大規模な儀仗抜刀隊を率いて堂々と進みましょう。」
佐野が尋ねる。
「目立てば狙われるのでは。」
教具は首を横に振った。
「目立つからこそ襲えぬのです。」
「京から堺までの街道は人通りも多い。あれほどの隊列へ手を出せば、ただの盗賊では済みませぬ。」
柳生宗厳も頷いた。
「敵は暗殺を望みましょう。」
「ならば人目のあるうちは動けませぬ。」
吉田兄弟も笑みを浮かべる。
「京では我らも目を配ります。」
「神社、町衆、社家、それぞれに話を通しております。」
「怪しい者が近づけば、すぐに耳へ入りましょう。」
こうして護衛は、あえて威容を示すこととなった。
近衛前久を中央に据え、その前後を儀仗抜刀隊が固める。
槍は陽光を受けて白く輝き、抜刀隊の歩みは寸分の乱れもない。
その堂々たる行軍は、沿道の人々を驚かせた。
「近衛様のお通りだ。」
「見事な護衛だ。」
「まるで将軍家の行列ではないか。」
人々は道を譲り、静かに頭を垂れた。
誰一人として刃を抜く者はいない。
誰一人として隊列へ近づこうとする者もいない。
北畠教具の読みは当たっていた。
敵は姿を見せることすらできなかったのである。
こうして一行は何事もなく堺へ到着した。
堺では既に船の準備が整えられていた。
近衛前久が静かに海を見つめる。
「ここまでは、静かな旅であったな。」
佐野は周囲を見渡しながら答えた。
「静かすぎるほどにございます。」
やがて船は岸を離れた。
白波を割りながら南へ進み、一行は伊勢路を目指す。
しかし、敵もまた海路へ逃れた護衛を見失ったわけではなかった。
人知れず、新たな罠が伊勢の地で待ち受けていたのである。




