京の策謀
柳生宗厳に導かれ、佐野昌綱、水戸頼家、吉田兄弟は屋敷の奥座敷へ通された。
座敷には北畠教具が待っており、一同を穏やかな笑みで迎えた。
「ようこそ参られた。」
一礼を交わすと、宗厳は卓上に広げた地図を指差した。
「さて、本題に入りましょう。」
皆が地図を囲む。
宗厳は伊勢湾をなぞりながら言った。
「京から陸路で伊勢へ向かえば、人目につきます。護衛を要するお方であれば、海路で直接伊勢へ入られるのが最善でしょう。」
佐野は頷いた。
「海路ならば待ち伏せの機会も限られます。」
「左様。」
宗厳はさらに続けた。
「その間に、帰路はこちらで整えます。筒井順慶殿へ書状を送りましょう。お帰りは奈良を経られれば、順慶殿がお力添えくださるはずです。」
北畠教具も口を開いた。
「私からも一門へ書状を送りましょう。今は織田方に属する者もおりますが、伊勢にはなお北畠ゆかりの者が少なくありません。」
教具は地図の伊勢から亀山へ指を滑らせた。
「私も伊勢から亀山までは同行いたします。土地勘もございますゆえ、お役に立てましょう。」
「心強い限りです。」
佐野が頭を下げると、その場の空気は少し和らいだ。
やがて吉田兄弟が顔を見合わせた。
兄が苦笑する。
「どうやら、お役目が変わったようですな。」
「変わった、と申されますと。」
佐野が尋ねる。
弟が声を潜めた。
「当初は一条様がお務めになると聞いておりました。」
「しかし、先日の天覧試合をご覧になった後、近衛様が『ぜひ自ら参りたい』と奏上なされたとか。」
兄も続ける。
「護衛も、あの試合で目に留めた者がよいと望まれたそうです。」
宗厳は小さく笑った。
「まだ正式な沙汰ではありませんがな。」
北畠教具も頷く。
「ゆえに我らも急ぎ準備を進めております。」
佐野は静かに答えた。
「どなたをお守りすることになろうとも、拙者の務めは変わりませぬ。」
その迷いのない言葉に、宗厳も教具も満足そうに頷いた。
しばらく今後の段取りを話し合った後、吉田兄が口を開く。
「佐野殿が京におられる間は、ご安心ください。」
「我らも父へ話を通し、監視の目を増やしておきます。」
弟も笑みを浮かべた。
「父が動けば、京の表も裏も自然と目が増えます。」
宗厳は腕を組み、感心したように言う。
「なるほど。あのお方ならば、それができよう。」
北畠教具も笑みを浮かべた。
「武士では気付けぬことも、社家や神職の耳には入りますからな。」
しかし佐野だけは首を傾げた。
「失礼ながら、お二人のお父上とは、どのようなお方なのでしょう。」
兄弟は顔を見合わせると、兄がゆっくり答えた。
「父は吉田兼右にございます。」
「吉田神社を預かる神職にして、吉田家の当主です。」
弟も続けた。
「朝廷、公家、神社とのつながりはもちろん、京中の社家や神職にも広く顔が利きます。」
「父が一声かければ、京の至るところで自然と目が光ることでしょう。」
佐野は思わず息をのんだ。
「……それほどのお方でしたか。」
宗厳は静かに笑った。
「都では、武士の槍より神職の耳の方が恐ろしいこともある。」
北畠教具も深く頷く。
「これで京の備えは整いました。あとは正式なお達しを待つばかりです。」
その言葉に、一同は静かに頷いた。
やがて佐野が守るべき人物の名が明かされる時は、もう間近まで迫っていた。




