表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
32/1004

若君の約束

宇都宮での日々は、毎日が学びだった。


弓の稽古。


馬の世話。


兵法の講義。


氏治、小山義広、結城朝綱は、いつも一緒だった。


まだ幼い結城朝基も、兄の後ろをついて歩く。


ある日。


四人は城下へ出る許しを得て、家臣たちとともに町を歩いていた。


市場では商人が声を張り上げ、農民が荷を運び、子どもたちが駆け回っている。


その時だった。


「どけ!」


一頭の荷馬が大きな音を立てながら暴れ始めた。


積み荷が崩れ、幼い子どもが道の真ん中で尻もちをつく。


母親が悲鳴を上げた。


「誰か!」


周囲の大人は飛び退くばかりで近寄れない。


朝綱も一歩踏み出した。


だが、その前に氏治が走った。


「氏治様!」


真壁が叫ぶ。


氏治は子どもの前へ飛び込み、その体を抱き上げる。


荷馬は目前まで迫っていた。


その瞬間。


「落ち着いて!」


朝綱が馬の前へ進み出る。


馬の目を真っ直ぐ見つめ、静かに手を差し出す。


暴れていた馬は鼻を鳴らし、勢いを弱めた。


その隙に馬方が手綱をつかむ。


「助かった!」


辺りは安堵の空気に包まれた。


氏治は腕の中の子どもを母親へ返す。


「もう大丈夫ですよ。」


母親は涙を浮かべながら何度も頭を下げた。


「ありがとうございます……。」


氏治は笑って首を振る。


「怪我がなくてよかった。」


その帰り道。


朝綱がぽつりと呟いた。


「氏治様は……。」


「ご自分が危ないのに、迷いませんでしたね。」


氏治は少し困ったように笑う。


「子どもが泣いていたから。」


「それだけです。」


「でも、朝綱殿が馬を止めてくださったから助かりました。」


朝綱は静かに首を振る。


「違います。」


「氏治様が助けに行かなければ、私は動けませんでした。」


少し後ろを歩いていた朝基が兄の袖を引いた。


「兄上。」


「氏治様って、偉い人なのに怒らないね。」


「ぼくにも、ちゃんとお話ししてくれる。」


朝綱は弟の頭を撫でた。


「そうだね。」


その夜。


兄弟だけになった部屋で、朝基が小さな声で尋ねた。


「兄上。」


「ぼく、氏治様が好き。」


朝綱は窓の外を見つめながら微笑んだ。


「私もだ。」


「身分ではなく、人を見てくださる。」


「家臣も、百姓も、子どもも同じように。」


「そんな殿なら……。」


朝基が続ける。


「お仕えしたい。」


朝綱はゆっくり頷いた。


「いつの日か。」


「もし氏治様が私を必要としてくださるなら。」


「私は喜んで、その旗の下へ参ろう。」


窓の外では春風が若葉を揺らしていた。


まだ幼い兄弟が交わしたその約束は、やがて結城家と小田家を固く結ぶ、誰にも断ち切れない絆の始まりとなるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ