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左近衛中将

天覧試合から数週間。

朝廷より勅命を賜った小田氏治は、真壁幹久、笠間幹永を伴い、精鋭百余を率いて海路より上洛の途についた。

坂東船団は鹿島灘を発し、幾日もの航海を経て堺へ入港する。

港には、すでに佐野昌綱、水戸頼家、北畠具親、鹿島政清らが出迎えていた。

「氏治様。」

佐野が深く頭を下げる。

氏治は穏やかに笑った。

「待たせたな、昌綱。」

「このたびは見事であった。」

佐野は首を横に振る。

「もったいないお言葉にございます。」

「私は氏治様のお力をお借りしたにすぎませぬ。」

真壁は辺りを見回した。

「さすがは堺だ。人の多さが坂東とは違う。」

笠間も静かに頷く。

「これでは誰が敵で誰が味方かも分からぬ。」

佐野は一礼した。

「そのため、本日より儀仗抜刀隊が氏治様の警護を務めます。」

礼装に身を包んだ剣士たちが静かに整列する。

一糸乱れぬ所作。

寸分違わぬ足並み。

真壁は感心したように息を吐いた。

「見事だ。」

「戦場の兵とは違う。」

笠間も頷く。

「まさしく帝をお守りする剣だな。」

その時、佐野はふと周囲を見渡した。

「あ……。」

「どうした。」

氏治が尋ねる。

「氏治様にご紹介したい方がおられるのですが……。」

「天覧試合で戦った空蝉殿です。」

「どこにもおられません。」

真壁は笑う。

「逃げたか。」

「いえ。」

佐野は苦笑した。

「あのお方はそのような方ではございません。」

氏治も笑みを浮かべる。

「ならば、そのうち現れよう。」

誰も気づかなかった。

氏治のすぐ脇を、一人の乞食が椀を持ってゆっくりと歩いていたことを。

ぼろ布をまとい、足を引きずる老人。

誰一人目を向けない。

しかしその男は、氏治へ近づく者一人ひとりの足音を聞き分け、その気配を探っていた。

空蝉は、すでに警護についていたのである。

翌朝。

氏治一行は参内した。

幾重にも続く回廊を進み、やがて紫宸殿へ導かれる。

公家たちが居並ぶ中、氏治は静かに進み出た。

深く額を床につける。

「常陸国の小田氏治にございます。」

しばし静寂が流れる。

やがて帝が穏やかな声で仰せになった。

「面を上げよ。」

氏治は静かに顔を上げた。

帝は氏治を見つめ、やがて微笑まれた。

「佐野昌綱より、そなたのことは聞いておる。」

「いや。」

「朕が見たのは、佐野昌綱そのものであった。」

廷臣たちが静まり返る。

「その武、見事。」

「その礼節、さらに見事。」

「勝ちながら驕らず。」

「褒美を己のために望まず。」

「ただ主君のためだけを願う。」

帝は静かに続けられた。

「そのような忠臣を育てたのは、主たるそなたの徳である。」

「坂東には、なお朝廷を敬う武家があった。」

「朕はそれを喜ばしく思う。」

氏治は深く頭を垂れる。

「恐れ多きお言葉。」

「我ら小田一門、これよりも朝廷を敬い、東国の安寧をもって御恩に報いる所存にございます。」

帝はゆっくりと頷かれた。

「その忠義、しかと受け取った。」

やがて宣旨が読み上げられる。

殿内は静まり返った。

「小田氏治。」

「東国を鎮め、朝廷に忠節を尽くし、その志誠に感じ入る。」

「また、そなたが育てた佐野昌綱の武と礼節、まことに美しく見事であった。」

「よって朕は、格別の恩典をもってこれを遇する。」

一拍の静寂。

そして宣旨が高らかに響いた。

「小田氏治を従四位下・左近衛中将に任ずる。」

その瞬間。

殿内は大きくどよめいた。

「左近衛中将……。」

「東国の武家に……。」

「これほどの厚遇とは……。」

公家たちも驚きを隠せない。

帝はそのざわめきを静かに見渡した。

「これは戦の功への恩賞ではない。」

「忠義への恩賞である。」

「武家が礼を忘れぬ限り、朝廷もまた武家を忘れぬ。」

氏治は深く額を床につけた。

「ありがたき幸せ。」

「この御恩、生涯忘れることなく、坂東の安寧をもってお返しいたします。」

真壁幹久、笠間幹永もまた深く拝礼した。

こうして小田氏治は、帝より格別の恩典を受け、従四位下・左近衛中将に任じられた。

その日を境に、小田家は坂東の一大名ではなく、朝廷より忠節を認められた東国の柱石として、天下にその名を轟かせることとなるのであった。

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