忠義の願い、友への誓い
帝は穏やかな笑みを浮かべられた。
「佐野昌綱。」
「そなたの願いは聞き届けよう。」
「されど、それではそなたには何も残らぬではないか。」
「天下一の剣を示しながら、褒美をすべて主君へ譲るというのか。」
庭は静まり返る。
佐野は深く頭を垂れた。
「それで十分にございます。」
「氏治様が朝廷へお仕えする道が開かれるならば、それこそ私にとって何よりの褒美にございます。」
帝はなおも佐野を見つめる。
「それでも、朕はそなた自身にも何か与えたい。」
「遠慮せず申してみよ。」
佐野はしばし考え、やがて静かに口を開いた。
「……では、恐れながら一つだけ。」
そう言うと、佐野は倒れた済済道人へ視線を向けた。
「済済道人は、本来ならば陛下や公家の方々が、その比類なき才をご覧になれば、お召し抱えになりたいと思われるほどの武人にございます。」
「しかし、願わくば。」
「その御仁を、私めの友として召し抱えることをお赦しいただきたく存じます。」
場内がどよめいた。
天覧試合で死力を尽くして戦った相手を、褒美として望む者など聞いたことがない。
帝は静かに済済道人を見つめられた。
気を失ったままのその男は、なお穏やかな笑みを浮かべている。
やがて帝は柔らかく微笑まれた。
「友、と申すか。」
「はい。」
「勝ち負けを超えて、得難き友を得ました。」
「その者が望むならば、共に歩みとうございます。」
帝は深く頷かれた。
「見事なり。」
「そなたの忠義は主君へ向き、その情けは友へ向く。」
「まこと、武人の鑑である。」
「済済道人本人に異存がなければ、その願いも許そう。」
佐野は深く額を畳につけた。
「ありがたき幸せにございます。」
こうして天覧試合は、一人の忠臣と、一人の放浪の武人とを結び付けることとなった。後に済済道人は佐野より**「空蝉」**の名を授かり、その名は諸国に知られることとなる。




