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静寂の剣、その5

佐野は静かに腰を落とした。


左手は鞘を添えるように腰へ。


右手は木剣の柄を握る。


木剣でありながら、その姿はまさしく居合。


場内には風の音さえ響かない。


済済道人は、その静けさに歓喜した。


「よい……!」


「それじゃ!」


地を蹴る。


いや、飛んだ。


低く。


鋭く。


地を這う影が一瞬で佐野の懐へ潜り込む。


右拳が突く。


左拳が続く。


さらに踏み込みながら、拳は止まらない。


一発。


二発。


三発。


怒濤の連突き。


しかし、それは決め手ではなかった。


済済道人の真の狙いは、そのさらに先。


連突きで佐野の意識を前へ引き寄せた、その刹那――


身体を軸に独楽のように回転する。


地を蹴った右脚が大きく弧を描き、佐野の頭部へ迫る。


神速の回し蹴り。


誰もが息を呑んだ。


「決まった!」


「あれは避けられぬ!」


上泉信綱だけが、静かに目を細める。


その瞬間。


佐野は動かなかった。


いや。


突きを捨てた。


拳は腹をかすめる。


浅い。


致命傷にはならない。


最初から分かっていた。


(その蹴りを待っていた。)


佐野は済済道人を、自らの間合いへ呼び込んだ。


あと一寸。


あと半寸。


あと――。


(今。)


一瞬。


いや。


一瞬にも満たぬ刹那。


木剣が走った。


抜くのではない。


弾く。


居合の理をそのまま木剣へ乗せた、一閃。


乾いた音が、天覧の庭に響いた。


――バンッ!


済済道人の身体が空中で弾かれる。


回し蹴りの勢いごと吹き飛ばされ、数間先の砂地へ転がった。


ごろり、と一度転がる。


そして、そのまま動かない。


静寂。


誰一人、声を出せなかった。


先ほどまで幽鬼のように舞っていた男が、ぴくりとも動かない。


やがて上泉信綱が静かに立ち上がる。


「……そこまで。」


その一言で、張り詰めていた空気がほどけた。


医師が駆け寄る。


済済道人は気を失っているだけだった。


呼吸は穏やか。


脈も乱れてはいない。


ただ、美しく弾き飛ばされた衝撃で意識を手放しただけであった。


佐野は木剣を静かに下ろし、済済道人へ向かって深く一礼した。


「ありがとうございました。」


その礼に応える者はいない。


しかし済済道人の口元には、満足そうな笑みが静かに残っていた。

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