静寂の剣、その3
佐野の目が鋭く光る。
済済道人の視線が、ほんの一瞬だけ揺れた。
見える。
その歓喜が、長年身体に染み付いた感覚をわずかに乱したのである。
その一瞬。
「そこだ。」
乾いた音が響く。
佐野の木剣が済済道人の右手首を正確に捉えた。
打撃ではない。
斬るでもない。
木刀を弾き飛ばすことだけを狙った、見事な打ち払いだった。
逆手の木刀が高く宙を舞い、砂の上へ転がる。
場内がどよめく。
「一本!」
「いや、まだだ!」
済済道人は飛ばされた木刀を追わなかった。
むしろ、嬉しそうに笑う。
「見事。」
そして残った一本を見つめると、何の未練もなく地へ放り投げた。
ころり、と乾いた音が響く。
観衆が息を呑む。
「ならば――。」
済済道人は両手を静かに開いた。
「これぞ、本来のわしじゃ。」
次の瞬間。
その身体が風になった。
拳。
掌底。
肘。
膝。
蹴り。
全身が武器となり、佐野へ襲い掛かる。
踏み込みは低く、地を滑るよう。
跳ねる。
回る。
沈む。
そして再び跳ぶ。
その動きは戦いというより、一つの舞。
舞踏であった。
まるで風が人の姿を借りて舞っているかのように、済済道人の身体は絶えず形を変えていく。
だが。
佐野の表情は変わらなかった。
木剣で拳を制し、肘を流し、蹴りを外す。
攻防の中で、佐野の脳裏に一つの確信が生まれる。
(違う。)
(弱点は、目ではない。)
済済道人は軽い。
あまりにも軽い。
だからこそ、常人では不可能な跳躍ができる。
だからこそ、あの異様な変化も生まれる。
しかし、その軽さゆえに、一撃の重さは刀に頼らざるを得なかった。
低い体躯も同じだった。
間合いを補い、威力を補うために、これまでは木刀を握っていたのだ。
(剣は武器ではない。)
(身体の不足を補う杖だったのか。)
その瞬間、佐野はすべてを理解した。
済済道人は盲目だから剣を握っていたのではない。
軽い身体と低い背丈という、生まれ持った弱さを補うために剣を選んだ武人だった。
だが、その剣さえ捨てた今。
済済道人は何ものにも縛られなくなった。
拳は風となり。
足は鳥となり。
舞うように。
遊ぶように。
それでいて、一撃ごとに必殺の気迫を秘めて佐野へ迫る。
「はははっ!」
済済道人は心から楽しそうに笑う。
「これほど自由に戦えたのは、いつ以来じゃ!」
その舞はさらに速く、さらに美しくなっていった。




