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静寂の剣、続きその2

済済道人は静かに笑った。

「ありがとう、佐野昌綱。」

「おぬしは、わしに初めて本気を出させてくれた。」

その言葉と同時に、両手の木刀がくるりと返る。

逆手。

剣術として見れば異形。

しかし済済道人の全身は一つの塊となり、拳法そのものの構えへと変わっていた。

「参る。」

次の瞬間だった。

風が鳴る。

済済道人は地を蹴ると、一直線ではなく円を描くように佐野の周囲を駆けた。

右から。

左から。

いや、正面からと思えば背後へ。

円を縮め、また広げる。

逆手の木刀が渦を巻くように襲い掛かる。

「っ!」

佐野は木剣で受ける。

乾いた音が響いた、その瞬間。

済済道人の足が跳ね上がる。

鋭い前蹴り。

佐野は身を引く。

だが、それこそが狙いだった。

蹴りで生まれた隙へ、逆手の連撃が雨のように降り注ぐ。

木剣が激しく鳴った。

一撃。

二撃。

三撃。

四撃。

受ければ蹴りが飛ぶ。

蹴りをかわせば木刀が迫る。

見切れば、さらに次の一撃、そのまた次の一撃。

攻撃は決して直線ではない。

円。

螺旋。

流れる水のように途切れることがない。

「……なるほど。」

佐野は短く息を吐いた。

(受け続ければ押し切られる。)

(見切るだけでも連撃が止まらぬ。)

ならば。

攻めるしかない。

佐野は受け流した勢いのまま、一歩踏み込んだ。

木剣が済済道人の手首を狙う。

済済道人は身を沈めてかわす。

その隙に佐野はさらに踏み込む。

攻める。

攻めて流れを断つ。

済済道人に攻撃を継続させない。

そこにしか活路はなかった。

二人の木剣が火花を散らすように激しくぶつかり合う。

観衆は思わず声を上げた。

「速い!」

「見えぬ!」

「どちらが押しているのだ!」

先ほどまで静まり返っていた庭に、どよめきが広がる。

しかし。

済済道人の耳は、もうその声を追っていなかった。

佐野と刃を交えるうちに。

その足音。

呼吸。

踏み込み。

衣擦れ。

汗の匂い。

すべてが済済道人の中へ刻み込まれていた。

雑音は消える。

聞こえるのは、佐野昌綱だけ。

「そうか……。」

済済道人の頬が緩む。

高鳴る鼓動。

全身を巡る熱。

これほどまでに心が躍ったのは、いつ以来だろうか。

その瞬間。

ぼやけていた世界に、小さな変化が生まれた。

霞の向こうに、人影が浮かぶ。

佐野。

昌綱。

その輪郭が、わずかに見えた。

「……見える。」

済済道人は思わず目を見開く。

完全ではない。

色も細かな表情も分からない。

だが、目の前の武人だけは、ぼんやりと確かな形を持って映っている。

「はは……。」

思わず笑みがこぼれる。

打撃で失われた視界。

もう二度と戻らぬと思っていた光景。

それが、ほんのわずかではあるが戻ってきた。

その喜びが、さらに身体を軽くする。

木刀は一段と鋭さを増し、蹴りは風を裂く。

だが――。

久方ぶりに「見る」という感覚を取り戻した済済道人は、その新たな感覚にほんの一瞬だけ戸惑いを覚えた。

今まで耳と鼻と肌だけで組み立てていた世界に、視覚が割り込んでくる。

わずかな違和感。

ほんの刹那の迷い。

その一瞬を、佐野昌綱は見逃さなかった。

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