表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
303/1021

静寂の剣、続き

済済道人は深々と頭を下げた。

「……礼を申す。」

場内は水を打ったように静まり返っている。

「おぬしは、わしを見世物ではなく、一人の武人として扱ってくれた。」

「昔、戦場で同じように接してくれた男がおった。」

済済道人の視線は上座へ向く。

上泉信綱は静かに頷いた。

「勝負こそつかなかったが、あの御方だけは、わしを人として見てくれた。」

「おぬしの中に、その姿を見た。」

佐野は静かに一礼を返す。

「身に余るお言葉です。」

済済道人は木刀を握り直した。

「されど、礼は礼。」

「もう一度、存分に立ち合ってくれ。」

「参る。」

「お相手いたします。」

二人は改めて礼を交わした。

試合場には再び木剣の音が響き始める。

乾いた打ち合い。

受け、払い、打ち返す。

済済道人は正手で正攻法の剣を振るい、佐野は見切りと受けで応じる。

一太刀ごとに間合いが変わり、一歩踏み込めば一歩退く。

互いに決定打はない。

されど一瞬たりとも気は抜けない。

やがて済済道人は笑った。

「良い!」

踏み込みが鋭くなる。

佐野も受けるだけではない。

木剣を滑らせ、打ち落とし、打ち返す。

攻防はさらに激しさを増した。

砂が舞い、汗が飛ぶ。

観衆は息をすることすら忘れていた。

五分。

されど、誰も長いとは感じない。

帝も、将軍も、公家も、大名も。

ただ二人だけを見つめていた。

済済道人の息が少しずつ荒くなる。

肩が上下し始める。

「……さすがに。」

誰かが小さく呟いた。

「あの老人も疲れたか。」

上泉信綱だけは黙っていた。

その目は、済済道人から離れない。

済済道人は俯き、肩で息をした。

やがて、くつくつと笑い始める。

「はは……。」

「ははは……。」

笑い声は次第に大きくなり、やがて天を仰いだ。

「そうか。」

「そうであったか。」

ゆっくりと顔を上げる。

その双眸には、先ほどまでとは違う光が宿っていた。

「今までの敵は、皆わしを侮った。」

「乞食と笑い。」

「老人と見下し。」

「油断したまま斬られていった。」

両手の木刀を静かに持ち上げる。

くるり。

二振りは逆手へと持ち替えられた。

場内がどよめく。

剣術としては異形。

だが、その構えは拳法の理そのもの。

肩の力は抜け、腰は沈み、全身が獲物へ飛びかかる獣のようにしなる。

済済道人は笑う。

「ありがとう、佐野昌綱。」

「おぬしは初めてじゃ。」

「わしに──」

一歩、前へ出る。

「本気を出させてくれた。」

その瞬間。

済済道人の姿が、ふっと霞んだ。

あまりの速さに、観衆の誰もが息を呑む。

ただ一人。

佐野昌綱だけが、その姿を静かに見据えていた。

――次話へ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ