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301/1009

見切り

京の御所は、この日一番の熱気に包まれていた。

二回戦までを勝ち上がった坂東の剣士、佐野昌綱。

その礼法の美しさと、戦場を思わせる凍てつく殺気、そして後の先を極めた剣は、公家から町人に至るまで大きな話題となっていた。

「佐野様がお出ましだ。」

「あの礼の美しい方よ。」

「今日はどのような剣を見せてくださるのか。」

女房たちは頬を染め、公家衆も身を乗り出す。

一方、武士たちの視線は鋭かった。

「今度の相手は西国武士。」

「坂東とは兵法が違う。」

「力で押し切る剣だ。」

試合場へ現れた男は、日に焼けた逞しい身体に、太い腕を持つ大男だった。

礼は簡潔。

構えは豪快。

大上段へ木刀を掲げる姿だけで場の空気が変わる。

「始め!」

合図と同時に、西国武士は咆哮した。

「うおおおおっ!」

一直線。

守りなど考えない。

一太刀で相手を斬り伏せる。

それだけを信じた剣。

その踏み込みを見た瞬間、佐野は悟る。

(受けてはならぬ。)

まともに受ければ、こちらが崩される。

ならば答えは一つ。

見切る。

轟音のような一撃が振り下ろされる。

佐野は半歩だけ身体を開き、紙一重でかわした。

木刀は鼻先をかすめて白砂を叩く。

(今。)

相手が振り抜いた隙を逃さず、佐野は鋭い突きを放つ。

しかし、

「甘い!」

西国武士は獣のように身を捻った。

まるで山猿が枝を渡るような軽さで突きをかわし、そのまま距離を取り直す。

場内がどよめく。

「速い!」

「力だけではない!」

「なんという身の軽さだ!」

上座では上泉伊勢守が盃を置いた。

「ほう。」

「ただの豪剣ではないな。」

柳生も頷く。

「一撃に命を懸ける代わり、身のこなしも極めております。」

再び激突する。

西国武士はなおも攻める。

「はあっ!」

一撃。

「せいっ!」

また一撃。

そのたびに佐野は半歩、半身、紙一重。

決して受けない。

三度。

四度。

五度。

見切るたびに、佐野の眼は相手の剣を読み始めていた。

(肩がわずかに浮く。)

(左足で地を蹴る。)

(腰が先に回る。)

(その次に木刀が来る。)

西国武士は気付かぬ。

自分の癖が見抜かれ始めていることに。

やがて呼吸が乱れ始めた。

額から汗が滴り落ちる。

それでも渾身の一撃を振るう。

「終わりだぁ!」

大きな横薙ぎ。

佐野はその瞬間を待っていた。

身体をふわりと浮かせる。

舞うように一回転。

風に乗る木の葉のように斬撃をかわし、その回転の勢いのまま相手の側面へ滑り込む。

「そこだ。」

木刀が横一文字に閃く。

――パシッ!

胴へ正確な一撃。

西国武士の身体がわずかに流れる。

その刹那、佐野はさらに踏み込んだ。

左拳で額を軽く打つ。

「ぐっ!」

視線が上がる。

重心が浮く。

その一瞬を逃さず右足で相手の足を払った。

豪躯が大きく宙へ泳ぐ。

「おおおっ!」

白砂へ倒れ込む西国武士。

佐野は迷わず一歩踏み込み、木刀の切っ先を首筋へ静かに止めた。

あと一寸。

それだけ進めば勝負は終わる。

「……それまで!」

審判の声が響く。

「勝者、佐野昌綱!」

一瞬の静寂。

そして会場は割れんばかりの歓声に包まれた。

「見事だ!」

「今度は見切りだ!」

「剛剣を完全に読み切った!」

「坂東の兵法とはこれほど奥深いものか!」

上泉伊勢守は満足そうに笑った。

「後の先、投げ、そして見切り。」

「相手ごとに勝ち方を変える。」

「よい。実に戦場の剣だ。」

柳生も深く頷く。

「型に縛られてはおりません。」

「勝つために最も適した術を選ぶ。」

「それこそ兵法でございましょう。」

倒れた西国武士は静かに起き上がり、佐野を見つめた。

やがて苦笑し、深く頭を下げる。

「……完敗だ。」

佐野もまた深々と礼を返す。

礼に始まり、礼に終わる。

その姿に、公家も武士も町人も、惜しみない拍手を送った。

こうして佐野昌綱は、堂々たる戦いぶりで準決勝への駒を進めたのであった。

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