見切り
京の御所は、この日一番の熱気に包まれていた。
二回戦までを勝ち上がった坂東の剣士、佐野昌綱。
その礼法の美しさと、戦場を思わせる凍てつく殺気、そして後の先を極めた剣は、公家から町人に至るまで大きな話題となっていた。
「佐野様がお出ましだ。」
「あの礼の美しい方よ。」
「今日はどのような剣を見せてくださるのか。」
女房たちは頬を染め、公家衆も身を乗り出す。
一方、武士たちの視線は鋭かった。
「今度の相手は西国武士。」
「坂東とは兵法が違う。」
「力で押し切る剣だ。」
試合場へ現れた男は、日に焼けた逞しい身体に、太い腕を持つ大男だった。
礼は簡潔。
構えは豪快。
大上段へ木刀を掲げる姿だけで場の空気が変わる。
「始め!」
合図と同時に、西国武士は咆哮した。
「うおおおおっ!」
一直線。
守りなど考えない。
一太刀で相手を斬り伏せる。
それだけを信じた剣。
その踏み込みを見た瞬間、佐野は悟る。
(受けてはならぬ。)
まともに受ければ、こちらが崩される。
ならば答えは一つ。
見切る。
轟音のような一撃が振り下ろされる。
佐野は半歩だけ身体を開き、紙一重でかわした。
木刀は鼻先をかすめて白砂を叩く。
(今。)
相手が振り抜いた隙を逃さず、佐野は鋭い突きを放つ。
しかし、
「甘い!」
西国武士は獣のように身を捻った。
まるで山猿が枝を渡るような軽さで突きをかわし、そのまま距離を取り直す。
場内がどよめく。
「速い!」
「力だけではない!」
「なんという身の軽さだ!」
上座では上泉伊勢守が盃を置いた。
「ほう。」
「ただの豪剣ではないな。」
柳生も頷く。
「一撃に命を懸ける代わり、身のこなしも極めております。」
再び激突する。
西国武士はなおも攻める。
「はあっ!」
一撃。
「せいっ!」
また一撃。
そのたびに佐野は半歩、半身、紙一重。
決して受けない。
三度。
四度。
五度。
見切るたびに、佐野の眼は相手の剣を読み始めていた。
(肩がわずかに浮く。)
(左足で地を蹴る。)
(腰が先に回る。)
(その次に木刀が来る。)
西国武士は気付かぬ。
自分の癖が見抜かれ始めていることに。
やがて呼吸が乱れ始めた。
額から汗が滴り落ちる。
それでも渾身の一撃を振るう。
「終わりだぁ!」
大きな横薙ぎ。
佐野はその瞬間を待っていた。
身体をふわりと浮かせる。
舞うように一回転。
風に乗る木の葉のように斬撃をかわし、その回転の勢いのまま相手の側面へ滑り込む。
「そこだ。」
木刀が横一文字に閃く。
――パシッ!
胴へ正確な一撃。
西国武士の身体がわずかに流れる。
その刹那、佐野はさらに踏み込んだ。
左拳で額を軽く打つ。
「ぐっ!」
視線が上がる。
重心が浮く。
その一瞬を逃さず右足で相手の足を払った。
豪躯が大きく宙へ泳ぐ。
「おおおっ!」
白砂へ倒れ込む西国武士。
佐野は迷わず一歩踏み込み、木刀の切っ先を首筋へ静かに止めた。
あと一寸。
それだけ進めば勝負は終わる。
「……それまで!」
審判の声が響く。
「勝者、佐野昌綱!」
一瞬の静寂。
そして会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
「見事だ!」
「今度は見切りだ!」
「剛剣を完全に読み切った!」
「坂東の兵法とはこれほど奥深いものか!」
上泉伊勢守は満足そうに笑った。
「後の先、投げ、そして見切り。」
「相手ごとに勝ち方を変える。」
「よい。実に戦場の剣だ。」
柳生も深く頷く。
「型に縛られてはおりません。」
「勝つために最も適した術を選ぶ。」
「それこそ兵法でございましょう。」
倒れた西国武士は静かに起き上がり、佐野を見つめた。
やがて苦笑し、深く頭を下げる。
「……完敗だ。」
佐野もまた深々と礼を返す。
礼に始まり、礼に終わる。
その姿に、公家も武士も町人も、惜しみない拍手を送った。
こうして佐野昌綱は、堂々たる戦いぶりで準決勝への駒を進めたのであった。




