動かぬ攻防
「第二回戦――佐野昌綱!」
呼び出しの声に、場内が静まる。
第一回戦の鮮やかな勝利は、すでに観客の間で大きな話題となっていた。
「あの坂東の剣士だ。」
「また後の先で来るのだろう。」
「相手はどう攻めるか。」
公家も町人も、自然と佐野の試合へ目を向ける。
佐野は初戦と変わらぬ所作で試合場へ進み、一礼した。
対戦相手もまた深く礼を返す。
そして互いに構えた。
「始め!」
開始の声が響く。
しかし、誰も動かなかった。
相手は初戦を見ていた。
不用意に飛び込めば、後の先で返される。
そう理解していたのである。
(焦るな。)
(待て……。)
(向こうから動かせ。)
木刀を正眼に構えたまま、じっと佐野を見据える。
その様子を見た上泉伊勢守は盃を傾けながら笑った。
「ほう。」
「学んだか。」
柳生も静かに頷く。
「初戦を見ておりますから。」
「迂闊には踏み込めません。」
試合場では、佐野がゆっくりと歩み始めた。
一歩。
また一歩。
足音すら聞こえぬほど静かな歩み。
にじり寄るように、少しずつ間合いを詰めていく。
その姿に、相手の喉が鳴った。
(近い……。)
(まだ打てる間合いではない。)
(なのに……。)
圧力だけが増していく。
凍てつくような殺気。
じりじりと迫る足運び。
逃げ場がなくなるような錯覚。
待つつもりだった。
そのはずなのに、身体が硬直していく。
額から脂汗が流れ落ちた。
観客席にも、その緊張は伝わっていた。
「まただ……。」
「相手が動けなくなっている。」
「佐野殿は歩いているだけだぞ。」
ついに佐野が間合いへ入る。
木刀が静かに動いた。
横薙ぎ。
鋭く、しかし決して大振りではない。
相手は反射的に木刀を合わせた。
「そこだ!」
払えば防げる。
そう判断した一瞬だった。
佐野は木刀を打ち合うことなく、相手の力を利用して身体を寄せる。
相手の腕を制し、腰を入れた。
「しまっ――」
気付いた時には遅かった。
佐野は流れるような動きで相手の重心を奪う。
そのまま腰を軸に大きく回転した。
相手の身体が宙に浮く。
「おおっ!」
どよめきとともに、相手は白砂へ鮮やかに投げ落とされた。
受け身を取る間もなく、木刀は佐野の手に残っている。
佐野は一歩下がり、相手へ木刀を向けたまま静止した。
「……それまで!」
審判の声が響く。
「勝者、佐野昌綱!」
場内は一瞬静まり返り、やがて大きなどよめきに包まれた。
「投げた!」
「剣だけではない!」
「相手の守りを逆に利用したのか!」
上座では、上泉伊勢守が満足そうに笑う。
「剣に執着せぬ。」
「だから強い。」
柳生も感心したように頷いた。
「相手は剣を払うことだけを考えていました。」
「ですが、佐野殿は最初から投げを狙っていたのでしょう。」
白砂の上では、佐野が敗れた相手を静かに立ち上がらせていた。
勝者としてではなく、一人の武人として。
その礼節ある姿に、観客席からは再び惜しみない拍手が送られた。




