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吉田兄弟の剣

天覧試合を控えた道場の空気は、それまで以上に張り詰めていた。

木刀がぶつかる乾いた音が絶え間なく響き、門弟たちは皆、己の技を磨くことに没頭している。

佐野昌綱もまた、その輪の中で稽古に励んでいた。

上泉伊勢守の指導は容赦がない。

「遅い!」

「足が止まるな!」

「相手ではなく、その先を見ろ!」

一つ動きを誤れば、たちまち木刀が肩や胴を打つ。

休む暇などない。

汗は畳へ滴り、息は荒くなる。

そんな中、佐野はあることに気付いた。

吉田兼成と兼盛の兄弟である。

普段の二人は、冗談を言っては門弟たちを笑わせる道場一のムードメーカーだった。

稽古前には笑い声が絶えず、張り詰めた空気を和ませる存在でもある。

しかし、いざ木刀を握ると、その姿は一変した。

鋭い踏み込み。

迷いのない太刀筋。

兄弟ならではの息の合った間合い。

互いに一歩も譲らず、激しく木刀を打ち合わせる。

乾いた音が道場中へ響き渡った。

「一本!」

上泉の声が飛ぶ。

二人は息一つ乱さぬまま礼を交わし、再び構えた。

その姿は、まるで神前で舞う神将のようでもあり、鬼神のような迫力でもあった。

周囲の門弟たちも思わず動きを止め、その立ち合いを見入る。

佐野も目を離せなかった。

(……強い。)

(これほどの腕前とは。)

神社を守る神職。

その印象からは想像もつかない剣であった。

一合ごとの攻防に無駄はなく、相手の呼吸を読み、わずかな隙を突く。

攻めながら守り、守りながら攻める。

長年積み重ねた修練が、その一太刀ごとに表れていた。

稽古が終わると、兼成は木刀を肩に担いで笑った。

「いやあ、今日は負けた負けた。」

兼盛も苦笑する。

「兄上、さっきまで勝ったと言っていたではありませんか。」

「細かいことは気にするな。」

その一言で道場中が笑いに包まれる。

先ほどまで鬼神のような気迫を放っていた二人とは思えない。

佐野は思わず水を飲みながら呟いた。

「お二人を見ていると、とても神主が本業とは思えません。」

それを聞いた上泉伊勢守が豪快に笑う。

「はっはっは!」

「神職だからこそだ。」

「神前に立つ者は、己の心が乱れてはならん。」

「剣もまた、その心を鍛えるものよ。」

吉田兄弟は照れくさそうに顔を見合わせた。

「まだまだ修行中ですよ。」

そう言って笑う二人の姿は、やはり気さくな神職そのものだった。

だが佐野は知っていた。

いざ木刀を握れば、その笑顔は消え去り、鬼神のごとき剣士へと変わることを。

天覧試合を前にして、京にはまだまだ底知れぬ強者たちがいる。

佐野は改めて木刀を握り直し、自らの未熟さを胸に刻むのだった。

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