昼餉を集う剣友
朝稽古が終わる頃には、日はすっかり高く昇っていた。
上泉伊勢守は木剣を縁側へ置き、満足そうに息をつく。
「さて、腹も減った。」
「昼餉にするとしよう。」
柳生は笑って道場の裏へ向かい、朝に畑で採ったばかりの菜を抱えて戻ってきた。
「粗末なものですが。」
「どうぞ召し上がってください。」
一方、吉田兼成と兼盛の兄弟は大きな米俵を抱えて現れる。
「今日は神前に供えた米を分けていただきました。」
「野菜だけでは寂しかろうと思いまして。」
「さすが神主。」
上泉が笑うと、兼盛は胸を張った。
「持ちつ持たれつでございます。」
柳生の野菜と、吉田兄弟の持ってきた米。
質素ではあるが温かな昼餉が並び、一同は縁側へ車座になって箸を取った。
しばらくは剣談義や京の暮らしの話に花が咲いたが、やがて佐野が柳生へ尋ねる。
「柳生殿は、なぜ奈良を離れられたのですか。」
柳生は箸を置き、静かに語り始めた。
「戦です。」
「織田が伊勢から兵を進め、六角、三好と各地で激しく争っております。」
「その戦火は奈良にも及びました。」
「道場を開いていても、安心して剣を学べる世ではなくなったのです。」
穏やかだった席に静けさが広がる。
柳生は続けた。
「六角家もまた散り散りになりました。」
「織田へ仕える者。」
「三好へ仕える者。」
「浪人となる者。」
「皆、生きるため、それぞれの道を選びました。」
佐野は黙って耳を傾けていた。
坂東では会津の戦が終わり、新たな国づくりが始まろうとしている。
しかし西では、なお戦乱が人々の日常を奪い続けていた。
しばらくして佐野は、もう一つ胸に抱いていた疑問を口にした。
「柳生殿ほどのお方なら、戦場で名を挙げることもできましょう。」
「それでも剣を磨き続けるのは、何故ですか。」
柳生は穏やかに笑う。
「私は、武のために剣を振るっているのではありません。」
その一言に、その場の視線が集まる。
「私が求めるのは、律です。」
「毎朝起き、畑を耕し、人を教え、剣を振るう。」
「その積み重ねによって己を整える。」
「剣とは、人を斬るためではなく、乱れそうになる己の心を律するためのものだと考えております。」
上泉は静かに頷いた。
「だから、わしは柳生を仲間にした。」
「剣の腕だけなら優れた者はいくらでもおる。」
「だが、自らを磨き続ける者は少ない。」
佐野は深く頭を下げた。
この日、京の小さな道場で囲んだ昼餉は、ただの食事ではなかった。
柳生が育てた野菜と、吉田兄弟が運んできた米を囲みながら、佐野は初めて伊勢や奈良を覆う戦火の現実を知り、そして「武ではなく、己を律するための剣」という新たな教えを胸に刻むのであった。




