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師との再会

翌朝。

信濃屋の朝は早かった。

まだ町が目覚めきらぬ頃、女将が朝餉を運んでくる。

「佐野様、おはようございます。」

「おはよう。」

質素ながら温かな朝餉を口にすると、佐野は懐から一枚の地図を取り出した。

氏治から預けられた京の地図である。

御所、公家町、寺社、主要な通り。

そして、六角堂のほど近くに小さく印された『信濃屋』。

佐野は指先で地図をなぞる。

「まずは……。」

迷いはなかった。

「師に挨拶をせねば。」

荷物は部屋へ置き、太刀だけを腰に差す。

女将へ一礼すると、信濃屋を後にした。

春の京は、朝の光に包まれていた。

商人が店を開き始め、僧が托鉢に歩き、公家の牛車が静かに通り過ぎる。

佐野は地図を確かめながら歩く。

兵学館で二年間、礼法と剣を教えてくれた男。

剣聖・上泉伊勢守信綱。

京へ戻っていると聞いていた。

やがて、一軒の道場へ辿り着く。

門は開いていた。

庭から木剣の打ち合う音が響いてくる。

佐野は静かに草履を脱ぎ、庭先で一礼した。

「兵学館卒業生、佐野昌綱。」

「上泉先生にご挨拶に参りました。」

ほどなく稽古が止む。

奥から聞き慣れた笑い声が響いた。

「その声は昌綱か。」

白髪交じりになりながらも、その眼光は少しも衰えていない。

上泉伊勢守が姿を現した。

「先生。」

佐野は深く頭を下げた。

上泉は近づくなり、肩へ手を置く。

「立派になったな。」

「兵学館では最後までよく励んだ。」

「先生のおかげです。」

「いや。」

上泉は笑った。

「教えたのは形だけよ。」

「形を己のものにしたのは、お前自身だ。」

二人は縁側へ腰を下ろした。

弟子が茶を運んでくる。

しばらく無言で茶を味わったあと、上泉が尋ねた。

「それで、京へは。」

「小田様の命です。」

「儀仗抜刀隊の一員として参りました。」

上泉は静かに頷く。

「聞いておる。」

「武だけではなく、礼をもって朝廷へ仕える隊だとな。」

「はい。」

「私は京を歩き、人を知る役目です。」

その言葉に、上泉は満足そうに目を細めた。

「それでよい。」

「京は剣だけでは渡れぬ。」

「時には刀を抜かぬことが、最も強い勝ちとなる。」

佐野は深く頷いた。

「兵学館で先生が仰っていた言葉と同じです。」

「覚えておったか。」

「忘れたことはございません。」

上泉は立ち上がり、道場へ歩いていく。

壁には二本の木剣が掛けられていた。

一本を佐野へ放る。

「久しぶりだ。」

「腕を見せよ。」

佐野は木剣を受け取り、自然と構えた。

弟子たちが道場の隅へ下がる。

師と弟子。

京へ来て最初の一日は、言葉ではなく木剣の音から始まろうとしていた。

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